
……もう、どうしたらいいの
(正解を探す余裕が、静かになくなっていく)
声を荒げたわけじゃない。
無理をさせたわけでもない。
でも、
どこかずっと、気が抜けない。
もう、どうしたらいいの。
口には出さない。
出しちゃいけないとも思っている。
でも、この言葉が浮かぶ頃には、
親の中の判断は、かなり擦り切れている。
1. 今日は「何もしなかった日」じゃない
何もしていないわけじゃない。
トイレに連れて行こうと、一瞬思った。
でも、今声をかけたら、
たぶん機嫌が崩れる。
顔は荒れていない。
でも、目が合わない。
動きが落ち着かない。
今日はその予感が強くて、
結局、声をかけずに見送った。
湯船には入れた。
本当は、100まで数えたかった。
でも、途中からモゾモゾし始めて、
表情が抜けて、
だんだん真顔になってきた。
このまま続けたら、
たぶん一気に崩れる。
そう思って、50で切った。
長く入れなかった自分に、
少しだけ引っかかりながら。
そのあとも、
声はなるべくかけなかった。
怪我をしそうなところだけ、
近づいた手だけ、
何も言わずに、黙って止めた。
2. 判断を減らしたつもりでも、心は軽くならない
今日は、判断を絞った。
増やさなかった。
広げなかった。
それでも、
どこかで引っかかる。
これでよかったのか。
もっとできたんじゃないか。
正解を探しているつもりはない。
でも、間違っていなかったかは、知りたい。
その問いが、
頭の中に、静かに残り続ける。
3. 「もう、どうしたらいいの」は限界じゃない
この言葉が出るとき、
親はもう投げ出したいわけじゃない。
諦めているわけでも、
放り出そうとしているわけでもない。
正解を出し続ける余裕が、
なくなっているだけ。
今日はこれ以上、
何を足しても崩れる。
そう判断して、
引いただけ。
4. この章で持ち帰ってほしいこと
「もう、どうしたらいいの」と思った日は、
親として失敗した日ではありません。
それ以上、
状況を悪くしない判断を、
必死で探していた日です。
今日は通せなかった。
今日は進められなかった。
それでも、
崩さなかった。
それは、ちゃんとした判断です。
次の章では、
こうした判断を、
どうやって一人で抱えなくて済むようにするか。
「ひとりで決めなくていい」という話に進みます。
