
……相談しているのに、楽にならない
(ちゃんと聞いているはずなのに、苦しくなる理由)
相談はしている。
一人で抱え込んでいるわけじゃない。
学校とも話しているし、
デイともつながっている。
面談もある。
アドバイスももらっている。
それなのに、夜になると、
なぜか一番しんどくなる。
1. 相談した直後は、少しだけ楽になる
面談が終わった直後。
「今日は落ち着いていました」
「関わり方はとても良かったと思います」
そう言われて、
ほんの一瞬、肩の力が抜ける。
ああ、大丈夫だったのかもしれない。
私、そこまで間違ってなかったのかも。
ここまでは、確かに少し楽。
2. でも夜になると、言葉が戻ってくる
家に帰って、
生活が始まって、
夜になる。
周りが静かになった頃、
昼間に聞いた言葉が、
ゆっくり頭に戻ってくる。
「否定しないで」
「褒めて伸ばして」
「できたところを大切に」
分かっている。
正しいのも分かっている。
でも、その言葉を、
今この場面で、
どう使えばよかったのかが分からない。
3. アドバイスは、すべて「親の判断」に変換される
生活の中では、
アドバイスはそのままでは使えない。
だから、いちいち変換する。
今は声をかける?
それとも黙る?
今の注意は否定?
これは褒めになっている?
正解を探しながら、
生活を回している感覚になる。
気づくと、
一つ一つの行動に、
心が追いつかなくなっている。
4. 「家では甘えが出るのでしょうね」が刺さる理由
面談で、よく聞く一言。
悪気はない。
責めているわけでもない。
それは、頭では分かっている。
でも、その言葉は、
家に帰ってから効いてくる。
甘えさせすぎているのか。
締めるべきだったのか。
今日うまくいかなかったのは、
私の関わり方のせいだったのか。
誰も言っていないのに、
親だけが、自分を問い詰め始める。
5. 支援は増えた。でも判断は減らなかった
支援が足りなかったわけじゃない。
むしろ、たくさん関わってもらっている。
それでも楽にならなかったのは、
判断を引き受ける人が、
最後まで変わらなかったから。
生活の中で決めるのは、
いつも自分。
うまくいっても、
うまくいかなくても。
6. だから、苦しくなった
相談しているのに、
楽にならない。
それは、あなたの受け止め方が悪いからでも、
努力が足りないからでもない。
判断を一人で抱える構造が、
そのままだっただけ。
それなら、
苦しくなるのは自然です。
7. 次の章では
次は、
「家ではできない」という言葉を、
別の角度から見直します。
それは本当に、
問題なのでしょうか。
