
、、、ちゃんとやってよ
(昨日できていたという記憶が、判断を縛り始める)
昨日はできていた。
特別うまくいった日じゃない。
いつも通りの一日。
だから、今日も大丈夫だと思った。
それだけだった。
でも、今日は違った。
1. できていた記憶が、判断を重くする
「できていた」という事実は、
知らないうちに、期待になります。
「ここまではできる」
「これは、もう大丈夫」
その前提で動いてしまう。
だから、うまくいかないとき、
失敗したように感じてしまう。
でも実際には、
教え方を間違えたわけでも、
対応を失敗したわけでもありません。
2. 生活の中で起きる、静かなズレ
たとえば、こんなことが起きます。
いつもなら受け入れている歯磨きを、
今日は声をかけた瞬間に嫌がる。
昼間は問題なかった刺激に、
夜になると耐えられなくなる。
前は平気だった音や光に、
急に反応が強くなる。
行動が変わったように見えるけれど、
実は、条件が変わっている。
3. 変わったのは、子どもじゃない
この場面で、よく浮かぶ言葉があります。
「前はできていたのに」
「どうして今日はできないの」
でも、ここで一度立ち止まってほしい。
本当に変わったのは、子どもでしょうか。
体力はどうだったか。
一日の刺激量はどうだったか。
休める時間は足りていたか。
見えていない条件は、
毎日、少しずつ違っています。
同じように見える日は、
実はほとんどありません。
4. 「できた」は、積み上がらない
子どもの力は、
階段のように一直線には伸びません。
できる日と、
できない日が、行き来します。
それは後戻りではなく、
状態に合わせた揺れです。
昨日できたことは、
今日も必ずできる、という約束ではない。
ここを誤解すると、
親の判断は、どんどん苦しくなります。
5. 期待してしまった自分が、苦しくなる
昨日できていた、という事実は、
親にとっては希望でもあります。
「少しずつ慣れてきている」
「次も大丈夫かもしれない」
そう信じたくなるのは、
無理もありません。
でも、その期待が外れた瞬間、
親は自分を責め始めます。
期待したから荒れたのか。
昨日を基準にしたのが間違いだったのか。
「信じた自分が甘かったのかもしれない」
そうやって、
本当は誰も悪くない出来事が、
いつの間にか「自己反省」に変わっていきます。
6. 判断が苦しくなる理由
本当にしんどいのは、
できなかったことそのものではありません。
「できるはずだった」という期待が、
裏切られたように感じること。
そして、そのズレを、
自分の判断のせいにしてしまうこと。
でも、その判断は間違っていません。
状態が違えば、
結果が違うのは、当たり前です。
7. 次の章では
次は、
「もう今日は無理だ」と感じる、
あの瞬間を扱います。
頑張れば乗り切れるのか。
それとも、止める判断なのか。
次の章:、、、今日はもう無理
