
成年後見制度が変わるというニュースを見て|ふきのこの現場で考えた「将来を支える力」の話
正直に書きます。
成年後見制度が見直される――そんなニュースを見たとき、最初は「そうなんだ」くらいでした。
日々の療育と保護者対応で手いっぱいで、制度改正をじっくり読む余裕なんてない。
それが本音です。
でも、記事をいくつか読み進めるうちに、胸の奥にじわっと不安が残りました。
「これは制度の話というより、親の準備を前提にした時代の話なんじゃないか」
そう感じたからです。
これまで、成年後見制度に重ねてきた安心
障害のある子を育てる親が、成年後見制度にうっすら期待してきたことは、とてもシンプルだと思います。
私がいなくなったあと、この子が困らないようにしてほしい。
全部できなくてもいい。自立できなくてもいい。
でも、これだけは守ってほしい。
- 変な契約を結ばされないように
- お金で失敗しないように
- 誰かに利用されないように
「とりあえず後見をつけておけば安心」
どこかで、そう思っていた人も多いはずです。
でも、制度は変わろうとしている
今回の見直しの方向として語られているのは、たとえばこういう話です。
- 類型の一本化
- 支援内容の柔軟化(本人に応じた支援)
- 終身前提の見直し
- 必要な範囲だけ支援(限定的な支援)
要するに、こういう方向です。
「全部まとめて守る仕組みを、できるだけ減らしたい」
行政の視点から見れば、これは「本人の権利を守る改革」です。
それ自体は間違っていません。
でも、親の立場から見ると、こうも聞こえます。
「どこを守るかは、家族が明確にしてくださいね」
ここで、ふきのこの現場が考えていること
ふきのこでは、強度行動障害のある子どもや、他所で断られてきた子どもたちとも日々向き合っています。
現場で感じるのは、支援は“全部”か“ゼロ”ではない、ということです。
- お金は危ない
- でも外出はできる
- 契約は難しい
- でも店は選べる
人は、部分ごとの存在です。
だから制度が「限定的支援」に向かうこと自体は、理にかなっています。
問題はそこではありません。
問題は、「説明できるかどうか」
これからの制度は、おそらくこういう前提になります。
- なぜ必要なのか
- どこまで必要なのか
- いつまで必要なのか(状態変化で見直すのか)
ここが、一番怖い。
制度の形式がどう変わるかよりも、親として引っかかるのは、ここです。
私がいなくなったあと、この子のことをちゃんと説明できる人はいるだろうか。
できること、できないこと。
判断が揺らぐ場面。騙されやすい場面。
それを感情ではなく、言葉として残せるだろうか。
だから、ふきのこでは「社会に触れる」
ふきのこの療育は、「施設の中だけで安全に過ごす」ことを目的にしていません。
買い物に行く。公園に行く。並ぶ。選ぶ。断られる。声をかけられる。
そういう社会の場面に触れます。
なぜか。
どこまでできて、どこから危ないのか。
それを、実体験の中で確認するためです。
社会に触れなければ、将来の線引きはできない。
守る範囲も決められない。
制度が「限定的支援」を求めるほど、この現実は重くなります。
※強度行動障害を「行動」ではなく「判断の構造」として捉える視点は、こちらでまとめています。
強度行動障害は「行動」の問題ではない|親・現場・制度から見えた真因
「全部守る」から「どこを守るか」へ
成年後見制度の改正は、私たちにこの問いを投げています。
- お金は?
- 契約は?
- 医療は?
- 生活は?
ただ「将来が不安」では足りない。
場面で考える必要がある。
これは冷たい制度変更ではありません。
準備している家庭ほど使いやすい制度へ、変わろうとしている――そうも読めます。
親として、今できること
焦らなくていい。完璧じゃなくていい。
でも、これだけは意識しておいてほしいです。
① 困る場面を、具体的に書く
「不安」ではなく、場面で。
お金、契約、医療、生活――どこで困るかを具体化する。
② できることも、同時に書く
「全部できない」では、線引きができません。
任せていい部分と、危ない部分を分けておく。
③ 制度より先に、親の言葉を残す
制度は変わります。運用も変わります。
でも、親の言葉は残せます。
「この子は、ここが弱い」
「でも、ここは任せていい」
それを書き残すこと自体が、もう立派な支援です。
“判断が一人に集約される”構造をほどくための入口は、こちらにまとめています。
強度行動障害の現場で起きる判断構造|一覧
最後に
成年後見制度の見直しは、大きな音を立てません。
でも、方向は確実に変わっています。
守られる制度から、考えて使う制度へ。
将来が不安になるのは、あなたが真剣だからです。
「助けを求めているあなたへ」――同じ場所から書いた文章を置いています。
強度行動障害で、助けを求めているあなたへ
ふきのこがやっていることは、制度に合わせるためではありません。
ただ、「親がいなくなったあとも生きていける力とは何か」を前提に支援しているだけです。
制度が変わっても、この問いは変わりません。
そして、その問いに一緒に向き合う場所でありたいと思っています。
ふきのこについては、こちらです。
ふきのこ|神戸市長田区の放課後等デイサービス・児童発達支援

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