断られた理由を、感情ではなく現実として考える

他害がある子が断られたとき、現場と保護者の間で起きていること

放課後等デイサービスの利用を相談し、
「今回は難しいです」と伝えられたとき、
多くの保護者が強い戸惑いを感じます。

やっと勇気を出して連絡をして、
日々の大変さを説明して、
少し期待を持った矢先に断られる。

その瞬間、
「うちの子は受け入れてもらえない存在なのか」
「自分の育て方が否定されたのではないか」
そう感じてしまうのは、とても自然なことです。

他害がある子を育てる毎日は、
常に緊張の連続です。
先の読めない行動、休まらない気持ち、
どこに相談しても正解が見えない感覚。

その上で断られたときのしんどさは、
説明し尽くせるものではありません。

ここで、
一つ大切な前提を伝えさせてください。

私の息子は、重度です。

これまで、
放課後等デイサービスを探す中で、
私は何度も断られてきました。

「重度と聞いたので難しいです」
「療育手帳Aだと、対応ができません」
「定員がいっぱいです」

詳しい話をする前に、
そう言われて終わることも少なくありませんでした。

行動の背景も、
家庭での工夫も、
安全のためにしていることも、
話を聞いてもらえる前に、
入口で線が引かれてしまう。

連絡先だけが減っていく中で、
親として、
「何がいけなかったのか」
考え続ける時間が続きました。

だから私は、
断られる側のつらさを、
感情ではなく経験として知っています。

同時に、
現場で判断を迫られる側の事情も知っています。

それでも、
受け入れを見送る判断が出ることがあります。

それは、
大変さが分からないからでも、
努力が足りないと思っているからでもありません。

現場が最も重く見ているのは、
安全を継続して守れるかどうかです。

他害があるかどうかだけで、
可否を決めることは、実際にはほとんどありません。

見ているのは、例えば次の点です。

  • 行動がどの程度予測できるか
  • 危険が高まる前に介入できるか
  • 同じ対応を、日々続けられるか

予兆があり、
環境調整や声かけで落ち着く場面が多い場合、
現場は具体的な支援の形を考えることができます。

一方で、
突然・無差別に起きる行動が多い場合、
人員が配置されていても、
他の子どもを含めた安全を保証できない場面が出てきます。

この違いは、
短い面談や書類だけでは伝わりにくく、
保護者から見ると、
「なぜそこまで厳しく判断されるのか」
と感じやすい部分でもあります。

また、現場が見ているのは
「今日できるか」ではありません。

数日や一週間、
特別に体制を整えれば対応できることもあります。
しかし放課後等デイサービスは、
半年、一年と利用が続く場所です。

支援員の疲労が蓄積したとき、
判断が遅れたり、対応が乱れたりしないか。
同じ質の支援を、無理なく続けられるか。

ここに無理があると判断した場合、
受け入れを見送るという選択が出てきます。

これは、
「できないから断る」のではなく、
守れない約束をしないという判断です。

では、
断られた保護者側には、
何もできることがないのでしょうか。

そうではありません。

現場と話が噛み合わなくなるケースには、
いくつか共通点があります。

  • 危険な場面での対応が家庭ごとに異なる
  • 行動のきっかけやパターンが整理されていない
  • 「何とかしてほしい」という思いだけが先に立つ

これは、
責められるべきことではありません。
余裕のない状況で、
整理しきれないまま相談に臨むのは当然です。

一方で、
受け入れの検討が進みやすいケースもあります。

  • 行動の背景や予兆が整理されている
  • 危険時の対応が具体的に共有されている
  • できることと難しいことを、現実的に捉えている

ここで大切なのは、
「言うことを聞く」ことではありません。

同じ判断軸で状況を見ることができるか
それが、現場が見ている点です。

断られたという事実は変えられません。
けれどそれは、
子どもや家庭そのものを否定された、
という意味ではありません。

その時点で、
安全と継続の責任を引き受けられなかった、
という判断です。

今すぐ答えを出さなくてもいい。
すぐに次の行動を決めなくてもいい。

まずは、
なぜそう判断されたのかを、
感情と切り離して理解すること。

それが、
次に進むための、
静かな土台になります。

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