
▶ 強度行動障害の支援方法
その行動、読み違えていませんか?|声かけが必要な時ほど抜け、ダメなタイミングほど増えてしまう
「ちゃんと声はかけています」
「その都度説明しています」
「何度も伝えているのですが入らなくて」
「落ち着かせようとして、ずっと声をかけていました」
支援の現場では、こうした言葉をよく聞きます。
たしかに、声かけは大切です。
何も伝えなければ見通しが持てない子もいます。
一言あるだけで通りやすくなる子もいます。
実況中継のような声かけで、自分の動きや流れを整理しやすくなる子もいます。
ですが、ここには大きなズレが入りやすいところがあります。
それは、声かけの量よりも、タイミングと役割の方がずっと重要なのに、そこが見落とされやすいことです。
本当に必要な時には声が入っていない。
逆に、もう入りにくいタイミングで言葉だけが増えていく。
崩れ始めてから説明が多くなる。
動けない時に指示が重なる。
本人が処理している最中に、周囲の言葉がさらに負荷になる。
こうなると、声かけは支援ではなくノイズになります。
ふきのこでは、声をたくさんかけることよりも、いつ、何のために、どの形で入れるかを大切にしています。支援の全体像については、強度行動障害支援方法でも整理しています。
声かけは「多いほどよい」ではありません
ここはかなり大事です。
支援では、声をかけていること自体が関わりの証明になりやすいです。
黙っているより、何か伝えている方が支援しているように見えます。
ですが実際には、
- 声をかけること
- 声が届くこと
- 声が処理できること
- 声が行動につながること
は全部別です。
つまり、こちらが話していることと、本人に入っていることは同じではありません。
言葉が多いほど助かる子もいれば、言葉が増えるほど処理が重くなる子もいます。
特に不安が上がっている時や、切り替え負荷が高い時や、感覚的にしんどい時は、言葉そのものが追加負荷になりやすいです。
よくあるズレは、「必要な前」ではなく「崩れてから」声が増えることです
支援で本当によく起きるのはここです。
落ち着いている時。
まだ余裕がある時。
切り替えの前。
不安が上がる前。
見通しを入れた方がいい時。
こういう必要な前段階では、意外と声かけが薄いことがあります。
逆に、
- もう固まり始めている時
- すでに崩れ始めている時
- 指示が入りにくくなっている時
- 感情が上がっている時
- 拒否が強く出ている時
に限って、説明や指示や説得が増えていきます。
これはかなり危ないです。
なぜなら、本人の中ではもう処理の余白が少ないからです。
入る前に入れておくべき言葉を外し、もう入らない時に言葉を重ねる。
これが起きると、声かけは支援になりません。
「言えば入るはず」がズレの始まりです
ここで起きているのは、言葉への過信です。
分かっているなら動けるはず。
聞こえているなら切り替えられるはず。
何度か伝えれば通るはず。
今ここで説明すれば落ち着くはず。
でも、実際はそうではありません。
子どもが言葉を聞けるかどうかは、
- 今どれくらい余裕があるか
- 何かを処理中ではないか
- 不安が上がっていないか
- 感覚刺激で埋まっていないか
- その言葉が短く具体的か
に大きく左右されます。
この視点がないと、「声をかけても入らない子」と読み違えます。
でも本当は、入らないタイミングで、入りにくい形の言葉を入れているだけかもしれません。
このあたりは、「これくらいできるはず」と見積もったときの危うさともつながっています。本人の今の状態を見ずに、通る前提で関わるとズレが大きくなります。
実況中継の声かけが通りやすいのは、「要求」より「整理」だからです
たとえば、
- 「靴、見てるね」
- 「今ここまで来たね」
- 「赤い箱に入ったね」
- 「おしまいが見えてきたね」
- 「次はこっちだね」
こうした声かけは、命令や説得より通りやすいことがあります。
なぜなら、実況中継の声かけは、
- 今起きていることを整理する
- 行動の流れを見えやすくする
- 本人の注意を一点に戻しやすい
- 過剰な要求感が少ない
- 「やれ」ではなく「今こうなっている」を支える
からです。
つまり、本人に新しい負荷を足すより、すでに起きていることを見えやすくする支援になりやすいのです。
ただし、実況中継なら何でもよいわけではありません
ここはかなり重要です。
実況中継の声かけはたしかに有効なことがあります。
ですが、それも量とタイミングを外せばノイズになります。
たとえば、
- 本人が集中して処理している最中に話しすぎる
- 実況の形で評価や圧を混ぜる
- 一つで足りる場面に何度も言葉を足す
- 静かに待った方が通る場面でも話し続ける
こうなると、実況中継ですら邪魔になります。
大事なのは、「実況中継」という技法そのものではありません。
本人の処理を助ける形になっているかです。
ダメなタイミングの声かけは、たいてい「不安だから増えている」だけです
ここは少し厳しく言います。
声かけが多くなりすぎる時、本人のために見えて、実際には支援者側の不安が出ていることがあります。
崩れそう。
止めたい。
早く切り替えてほしい。
このままだと困る。
その焦りが、
- 説明を重ねる
- 指示を増やす
- 説得を続ける
- 確認を何度も入れる
という形で出ます。
でもその言葉は、本人のための整理ではなく、支援者側の不安の放出になっていることがあります。
その時点で、声かけは支援ではなくなります。
必要なのは、「何を言うか」より「いつなら入るか」です
支援では、つい言葉の内容ばかり考えがちです。
どんな言い回しにするか。
優しく言うか、はっきり言うか。
短くするか、説明するか。
もちろんそれも大事です。
ですが、それ以前にもっと大事なことがあります。
それは、今この子に言葉が入る状態かどうかです。
必要なのは、
- 余裕があるうちに予告する
- 切り替え前に短く入れる
- 動き始めを一言で支える
- 崩れ始めたら言葉を減らす
- 入らない時は言葉以外に切り替える
という見極めです。
ここを外すと、どんな良い言葉でも通りません。
声かけが抜けやすい「必要な時」は、たいてい静かな前段階です
本当に必要な声かけは、派手な場面より前にあることが多いです。
まだ動けている。
まだ崩れていない。
まだ表情は大きく変わっていない。
でも少し重くなり始めている。
この静かな前段階で、
- 予告する
- 見通しを入れる
- 終わりを見せる
- 流れを整理する
- 次の一歩を狭くする
こうした声かけがあると、通りやすさはかなり変わります。
逆にここを外すと、あとから何倍も言葉が必要になり、それでも入らない、ということが起きます。
この構造は、「慣れれば大丈夫」と考えたときの危うさにも通じます。必要な条件を先に整えず、崩れてから何とかしようとすると後手になります。
ふきのこで大事にしていること
ふきのこでは、声かけを「たくさんすること」で支援した気にならないようにしています。
見るのは、
- 今この子に言葉が入るか
- 今必要なのは予告か、整理か、待つことか
- 短い一言で足りるか
- 実況中継の方が通りやすいか
- 逆に、もう言葉を減らした方がいいか
です。
つまり、声かけを増やすか減らすかではなく、役割が合っているかで見ます。
必要な時に短く入る言葉は、本人を助けます。
でも、入らない時に重なる言葉は、本人をさらに苦しくします。
保護者の方へ
家でも、「ちゃんと声をかけているのに、余計に崩れる」と感じることがあると思います。
その時は、言い方だけでなく、
- その言葉は入るタイミングだったか
- もう処理が重い時ではなかったか
- 説明より実況中継の方がよかったか
- 言葉を減らした方がよい場面ではなかったか
を見てみると、違うものが見えてくることがあります。
必要なのは、たくさん話すことではありません。
入る時に、入る形で、必要な分だけ届けることです。
まとめ
声かけは大事です。
でも、たくさん話せばよいわけではありません。
本当に大事なのは、
- 必要な前段階で入っているか
- 崩れてから言葉を増やしていないか
- 説明より整理が必要な場面を見極めているか
- 実況中継のような支えが合っているか
- 逆に、もう黙った方がいい時を見れているか
です。
声かけが必要な時ほど抜け、ダメなタイミングほど増える。
このズレは、支援の現場で本当によく起きます。
でも逆に、いつ、何のために、どの形で入れるかが合ってくると、言葉は少なくてもずっと通るようになります。
強度行動障害の支援方法を体系的にまとめています

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