その行動、読み違えていませんか?|「できるのにやらない」と見えたとき、支援がズレ始める

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その行動、読み違えていませんか?|「できるのにやらない」と見えたとき、支援がズレ始める

「この子、本当はできるんですけどね」

支援現場では、よく聞く言葉です。

たしかに、前はできた。
別の日にはできた。
気分がいいときはできる。
好きな場面なら動ける。
だからこそ、「できるのにやらない」と見えやすくなります。

でも、この見立てはときどき危険です。

なぜならそこには、“できる能力があること” と “その場で実行できること” を同じにしてしまうズレがあるからです。

できるはずなのにやらない。
わかっているのに動かない。
前にできたのに今日は崩れる。

そのとき私たちは、行動を問題にする前に、本当に読み違えていないかを一度立ち止まって確認する必要があります。

ふきのこでは、目の前の行動だけで結論を急がず、神経調整という視点や、日々の支援で何を見落とさないかというふきのこの支援観を土台に見立てています。

「できる」は、いつでも再現できることではない

支援の中では、一度できたことがあると、つい「もう定着した」と考えてしまいます。

でも実際には、そう単純ではありません。

子どもの行動は、能力だけで決まっていません。
そのときの疲労、感覚負荷、不安、見通し、関係性、周囲の音、切り替え直後かどうか。
そうした条件が少し変わるだけで、出せる力は大きく変わります。

つまり、

  • できる力はある
  • でも今その場では出せない
  • あるいは出すための条件が整っていない

ということは普通に起こります。

それを全部まとめて「やればできるのに」「甘えている」「気分の問題」と読んでしまうと、支援はズレ始めます。

このズレは、行動だけを切り取って読む支援で起こりやすく、行動ではなく神経の状態から理解する視点を持たないと、かなり見誤りやすいところです。

よくある読み違い

たとえばこんな場面です。

前回は自分で靴を履けた。
でも今日は座り込んで動かない。

前回は片付けに応じた。
でも今日は物を持ったまま離さない。

前回は切り替えられた。
でも今日は声をかけるほど崩れていく。

このとき支援者側は、ついこう考えます。

  • できることをやろうとしていない
  • 声かけを無視している
  • こちらを見て反応を試している
  • 前はできたのだから今回もできるはず

でも、実際にはそうではないことが少なくありません。

その子の中で起きているのは、反抗ではなく、

  • もう余力が少ない
  • 次の切り替えに必要な処理が追いついていない
  • 何を求められているかは分かっていても、動き出しまで行けない
  • 不安や負荷で出力が止まっている

という状態かもしれません。

ここを読み違えると、支援者は「促しを強める」という方向へ進みます。
そして多くの場合、それがさらに崩れを大きくします。

似たことは、外では大丈夫に見えたことを、そのまま本当に大丈夫だったと読んでしまうことにも通じます。見えている行動だけでは、内側の負荷は読めません。

「わかっているのに動けない」は実際にある

これは怠けではありません。
しかも珍しいことでもありません。

私たちはつい、理解しているなら行動できるはずだ、と考えます。

でも実際には、

  • 分かる
  • 納得する
  • 体を動かす
  • 切り替える
  • 終わりまでやり切る

は全部別の負荷です。

理解と言動のあいだには距離があります。

大人でもそうです。
やるべきことが分かっていても手がつかない。
疲れているだけで普段の判断が落ちる。
一言言われただけで余計に動けなくなる。

子どもにだけ「分かっているならできるはず」と置くのは、かなり乱暴です。

支援がズレるのは、「できない」ではなく「やらない」と決めたとき

本当に危ないのは、行動そのものではありません。
意味づけの固定です。

「この子はできるのにやらない子だ」
という見方が一度入ると、その後の関わりが変わります。

  • 待たなくなる
  • 条件調整をしなくなる
  • 手順を細かくしなくなる
  • しんどさより態度を見るようになる
  • できた日だけを基準にしてしまう

すると子どもはさらに失敗しやすくなります。
失敗が増えると、ますます「ほらやっぱりやらない」と見なされます。

これは支援ではなく、誤読の固定化です。

こうした固定は、安易に安心を売らない保護者対応ともつながっています。見立てが浅いまま大丈夫と言ってしまうと、支援も共有もズレていくからです。

見るべきなのは「やる気」より先に「成立条件」

こういうときに見るべきなのは、本人の気持ちを責めることではありません。
先に確認するべきなのは、その行動が成立する条件が揃っているかです。

たとえば、

  • いつもより音が多くないか
  • 直前にしんどい活動がなかったか
  • 切り替えの予告が足りていたか
  • 何をどうすれば終わるか見えているか
  • 支援者の声かけが多すぎないか
  • 「今は一人で」は本当に妥当か

この確認を飛ばして、本人の姿勢や性格の問題にしてしまうと、支援はかなり粗くなります。

ふきのこでは、まず「やるかどうか」を見るのではなく、その子が動ける状態に入れているかを見ます。そこを外したまま求めても、うまくいかないからです。

「できた実績」が、今できる根拠になるとは限らない

ここも誤解されやすいところです。

一度できた。
昨日できた。
家ではできた。
前の先生の時はできた。

それは確かに大事な情報です。
でも、それだけで「今ここでもできるはず」の根拠にはなりません。

必要なのは、成功の有無ではなく、そのとき何が揃っていたかです。

逆に言えば、前にできたという事実は、「能力がある」の証明ではあっても、「毎回同じように出せる」の証明ではありません。

ここを混同すると、できなかった日の意味を全部取り違えます。

保護者の方へ

家でも、「できるのにやらない」と感じる場面はあると思います。

でもそのとき、単に反抗しているのか、しんどくて出せないのか、切り替えまで行けないのかで、見立ても関わり方も変わります。

前にできたことが今日はできない。
分かっているはずなのに動かない。
言えば言うほど崩れていく。

そういう時は、やる気の問題にする前に、今日は何が重いのかを見た方が、本当の理由に近づきやすくなります。

「家では荒れるのに外では頑張れている」ように見える子もいます。ですがその見え方自体が、支援者側の読み違いを含んでいることがあります。そうしたズレについては、預けられるだけで終わらせない支援という視点でも書いています。

まとめ

「できるのにやらない」
この見方は、一見もっともらしく見えます。

でも実際には、

  • その場では出せない
  • 条件が揃っていない
  • 処理が追いついていない
  • 負荷で止まっている

ということが普通にあります。

だから支援で大事なのは、できるかできないかを乱暴に決めることではありません。
今この場で、その子が実行できる条件に入れているかを見ることです。

「やらない」と決めた瞬間、支援はズレ始めます。
逆に、読み違えを止められたところから、支援はやっと正確になります。

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