
▶ 強度行動障害の支援方法
その行動、読み違えていませんか?|子どもが崩れている時、大人の焦りが場をさらに壊していることがある
子どもが崩れ始める。
大声が出る。
拒否が強くなる。
物を投げそうになる。
他害が出そうになる。
そういう場面では、支援者側も焦ります。
早く止めたい。
これ以上大きくしたくない。
周囲にも気を配らないといけない。
とにかく今どうにかしないといけない。
その焦り自体は自然です。
問題は、その焦りがそのまま関わりに出た時です。
名前を何度も呼ぶ。
指示を重ねる。
説明を増やす。
声が速くなる。
人が一気に寄る。
支援者があたふた動く。
すると何が起きるか。
子どもが崩れているだけだった場面に、今度は大人側の焦りという追加刺激が入ります。
その結果、場はさらに壊れやすくなります。
ふきのこでは、子どもの行動だけでなく、崩れた時に大人側が何を足してしまっているかも見ます。支援の全体像については、強度行動障害支援方法でも整理しています。
子どもが崩れている時、場を壊しているのは子どもだけとは限りません
ここはかなり大事です。
崩れた場面では、どうしても子どもの行動に目が向きます。
大声。
拒否。
他害。
自傷。
物投げ。
パニック。
もちろん、それらは現実に起きていることで、対応は必要です。
ですが実際には、場をさらに悪くしているものがもう一つあります。
それが、大人側の焦りの出方です。
焦った大人は、落ち着いているつもりでも、
- 声の量が増える
- トーンが上がる
- 動きが増える
- 言葉が細かくなる
- 周囲も連動してざわつく
ということが起きやすくなります。
そしてこの変化は、子どもにかなり伝わります。
よくあるのは、「止めよう」とするほど刺激が増えることです
支援者は悪化させたくてやっているわけではありません。
止めたい。
守りたい。
危険を避けたい。
早く落ち着かせたい。
その意図は正しいです。
ですが、そこで起きやすいのが、
- 名前を何度も呼ぶ
- 「だめ」「待って」「落ち着いて」を重ねる
- 今の状況を長く説明する
- 複数人が別々に声をかける
- 本人の前で大人同士が慌てて相談する
- 支援者の動きが急に速くなる
という関わりです。
これらは全部、支援者側からすると「何とかしよう」とする動きです。
でも、子ども側からすると、刺激が急に増えたという出来事でもあります。
つまり、止めようとするほど場が騒がしくなり、本人の処理はさらに苦しくなることがあるのです。
名前連呼は、関わっているようで崩しやすいことがあります
これは本当によくあります。
名前を呼ぶ。
もう一度呼ぶ。
返らないからさらに呼ぶ。
少し強く呼ぶ。
近づいてまた呼ぶ。
支援者側は、反応を取り戻したくてやっています。
ですが、本人がすでに処理でいっぱいの時、名前連呼は通りません。
むしろ、
- 圧として入る
- 急かされている感覚になる
- 逃げ場のなさが増える
- さらに神経が上がる
ということがあります。
特に崩れ始めや興奮時は、「呼べば戻る」という前提自体がずれていることが少なくありません。
このあたりは、声かけが必要な時ほど抜け、ダメなタイミングほど増えてしまうという構造ともつながっています。入らない時に言葉を重ねても、支援にはなりません。
あたふたした動きは、それ自体が場の不安を増やします
言葉だけではありません。
大人の動きも、かなり強い情報です。
急に立つ。
すばやく近づく。
物を慌てて片づける。
周囲をせわしなく動く。
支援者同士が慌てて入れ替わる。
これらは安全確保のために必要なこともあります。
ですが、その動き方に焦りが乗っていると、場全体の緊張が一段上がります。
本人からすると、
- 何か大変なことが起きた
- 自分は危ない状況にいる
- 周囲がざわついている
- 落ち着くより先に警戒すべきだ
という情報として入ることがあります。
つまり、支援者のあたふたが、本人の不安の根拠になってしまうのです。
大人の焦りは、声の中身より先に伝わります
ここもかなり重要です。
支援者は、「何を言うか」を考えます。
でも実際には、その前に「どう出ているか」が伝わっています。
速い。
強い。
詰める。
重なる。
落ち着いていない。
こうしたものは、言葉の意味より先に相手に入ります。
だから内容が正しくても、
- 早口で入る
- 何度も重なる
- 切迫感が強い
- 不安そうに響く
なら、それだけで通りにくくなります。
これは単なる話し方の問題ではありません。
大人の状態がそのまま支援の質になるということです。
崩れている子どもより先に、大人側の出力が暴走していることがあります
少し厳しく言います。
崩れた場面では、子どもが混乱しているように見えます。
もちろん実際にそうです。
ですが、周囲の大人をよく見ると、
- 誰が入るか定まっていない
- 声が重なっている
- 同じことを何度も言う
- 目的より反応が先に出ている
- 「落ち着いて」が一番落ち着いていない声で出ている
ということが珍しくありません。
つまり、子どもだけでなく、大人側の出力も崩れているのです。
この状態では、良い支援は入りません。
必要なのは「何かすること」ではなく、「足さないこと」の判断です
崩れた場面で支援者が陥りやすいのは、何かしないといけないという感覚です。
声をかける。
動く。
止める。
説明する。
説得する。
気をそらす。
もちろん必要な介入はあります。
ですが、いつも増やすことが正しいわけではありません。
むしろ大事なのは、
- 声を減らす
- 人を減らす
- 動きを減らす
- 情報量を減らす
- 役割を一人に絞る
という「足さない」判断です。
この判断ができると、場は少し落ち着きやすくなります。
似たことは、「慣れれば大丈夫」と考えたときの危うさにもあります。条件を整えずに押し進めると、支援者側がさらに何かを足して悪化させやすいからです。
「落ち着いて」は、落ち着いている大人からしか届きません
これは本質です。
子どもに落ち着いてほしいなら、先に大人側の出力を整える必要があります。
声を低くする。
短くする。
急がない。
近づきすぎない。
役割を絞る。
余計な説明をやめる。
こうしたことは地味です。
ですが、支援技術以前の土台です。
本人が崩れている時に、大人まで崩れていたら、場は整いません。
このあたりは、「これくらいできるはず」と見積もったときの危うさともつながっています。本人の今の状態を見ずに、通る前提で押すと、大人側が焦って崩しやすくなります。
ふきのこで大事にしていること
ふきのこでは、子どもが崩れた時ほど、大人側が何を足しているかを見ます。
たとえば、
- 声が増えていないか
- 名前を呼びすぎていないか
- 人が寄りすぎていないか
- 支援者の動きが速くなっていないか
- 本人に必要な一言より、大人の不安の言葉が増えていないか
を見ます。
そして必要なら、
- 関わる人を絞る
- 言葉を減らす
- 実況中継のような整理の声かけに戻す
- 安全確保をしながら余計な刺激を減らす
という方向へ切り替えます。
つまり、「もっと何かする」ではなく、余計なものを足さないことをかなり大事にしています。
保護者の方へ
家でも、子どもが崩れた時につい焦ることはあると思います。
それは自然です。
問題は、焦ってはいけないことではありません。
焦りがそのまま言葉や動きに出ると、子どもに乗ってしまうことです。
その時は、
- 名前を呼びすぎていないか
- 言葉を重ねすぎていないか
- 自分の動きが速くなっていないか
- 今必要なのは説明ではなく静かさではないか
を一度見るだけでも、かなり違います。
必要なのは完璧な対応ではありません。
まず大人側が余計な刺激にならないことです。
まとめ
子どもが崩れている時、場を壊しているのは子どもだけとは限りません。
大人の焦りが、
- 無意味な声かけ
- 名前連呼
- 早口
- 複数人の介入
- あたふたした動き
となって入ると、場はさらに苦しくなります。
本当に大事なのは、何かをたくさん足すことではありません。
大人側の焦りをそのまま場に流し込まないことです。
子どもが崩れている時ほど、大人が落ち着く。
これはきれいごとではなく、かなり実務的な支援技術です。
強度行動障害の支援方法を体系的にまとめています

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