その行動、読み違えていませんか?|「どうせできない」と決めたとき、可能性を先回りして閉じてしまう

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具体的な支援の組み立て方や現場での対応手順については、以下の専門ページで詳しく解説しています。
強度行動障害の支援方法

その行動、読み違えていませんか?|「どうせできない」と決めたとき、可能性を先回りして閉じてしまう

「この子には難しいと思います」
「どうせまだできません」
「無理をさせると崩れるので」
「そこまでは求めない方がいいです」

支援の現場では、こうした言葉がよく出てきます。

もちろん、無理をさせないことは大切です。
失敗が続けば、しんどさも増えます。
崩れやすい子に何でもやらせればいい、という話ではありません。

ですが一方で、ここには別の危うさもあります。

それは、本人の限界ではなく、こちらの予断で可能性を閉じてしまうことです。

本当にできないのか。
今はまだ難しいだけなのか。
条件が合っていないだけなのか。
やり方を変えれば通るのか。
支えがあれば一部はできるのか。

そこを見ないまま「どうせできない」と決めると、支援は安全そうに見えて、実は成長の芽をかなり早い段階で止めてしまいます。

ふきのこでは、目の前で出ていないことをそのまま能力の限界と決めず、支援の全体像を整理した強度行動障害支援方法を土台に、何があればその子の力が出やすくなるのかを考えるようにしています。

「できていない」と「できない」は同じではありません

ここはかなり大事です。

支援では、今その場で出ていない姿を見ると、つい「できない」と判断したくなります。

ですが実際には、

  • やり方が分からない
  • 条件が合っていない
  • 説明が抽象的すぎる
  • 刺激が多くて処理が落ちている
  • 一人では難しいが支えがあれば通る
  • 最後までではなく一部ならできる

ということが普通にあります。

つまり、「今できていない」は事実でも、そこからすぐ「この子には無理」と飛ぶのは雑です。

本当に見るべきなのは、能力があるかないかだけではありません。
その力が出る条件があるかどうかです。

よくある過小評価

たとえばこんな場面です。

  • 選べるはずなのに、いつも大人が先に決めてしまう
  • 伝えられる方法があるのに、「どうせ分からない」と説明を省く
  • 少し支えればできることまで、最初から全面介助にする
  • 待てる可能性があるのに、最初から無理と決めて急いで済ませる
  • 活動参加の入り口を工夫せず、「この子は参加できない」とする

こうしたことは、悪意ではなく配慮のつもりで起きます。

だからこそ厄介です。

「失敗させないため」
「しんどくさせないため」
「崩れないようにするため」

その意図自体は間違いではありません。
ですが、その結果として経験の入口まで奪ってしまうと、本人は力を出す機会そのものを失います。

過小評価は、やさしさの顔をして起こることがあります

ここが一番見えにくいところです。

雑な高望みは分かりやすく危険です。
でも過小評価は、丁寧な支援に見えることがあります。

無理をさせない。
先回りして整える。
崩れそうなものを避ける。
本人が困らないように代わりにやる。

これ自体は必要なこともあります。
ですが、それが続きすぎると、

  • 自分で選ぶ機会
  • 伝える機会
  • 試す機会
  • 少し届く経験
  • 支えがあればできる実感

が消えていきます。

すると周囲はさらに言います。
「ほら、やっぱりできない」と。

でもそれは、本人の限界というより、機会を減らした結果かもしれません。

支援が危うくなるのは、本人の限界と支援の限界を混同したときです

本当に危ないのは、できないことそのものではありません。
こちらの支援の届かなさを、本人の能力の低さとして固定してしまうことです。

説明の仕方が合っていない。
タイミングが悪い。
情報量が多い。
入り方が雑。
支え方が足りない。

こうした支援側の問題があるのに、「この子には無理」で終わると、思考が止まります。

これは、「できるのにやらない」と見えたときの読み違いともつながっています。出ていない姿だけで判断すると、能力の問題と条件の問題を混同しやすいのです。

「できるようにさせる」より先に、「どこまでなら届くか」を見る

ここで必要なのは、無理に高い課題を押し込むことではありません。

見るべきなのは、この子はどこまでなら届くのかです。

全部は難しくても、最初の一歩ならできるかもしれません。
一人では難しくても、一緒なら通るかもしれません。
言葉だけでは難しくても、視覚的な手がかりがあれば分かるかもしれません。
長くは無理でも、短ければできるかもしれません。

この「届く範囲」を探さずに、ゼロか百かで見ると、支援は粗くなります。

つまり、

  • 全部できない=できない子
  • 一人でできない=無理
  • 今出ない=能力がない

という読みが起きます。

でも現実の支援は、そんなに単純ではありません。

能力は固定より、状態と条件に左右されます

同じ子でも、

  • 人が違うとできる
  • 場所が違うとできる
  • 時間帯で変わる
  • 疲れ具合で変わる
  • 見通しがあると通る
  • 刺激が少ないと動ける

ということがあります。

これは不安定なのではなく、能力発揮が状態依存・条件依存であるということです。

この視点がないと、「できたりできなかったりする子」と雑に読まれます。
でも本当は、条件が変われば出せる力も変わるだけです。

このあたりは、「慣れれば大丈夫」と考えたときの危うさとも通じます。条件を見ずに未来の変化だけに期待すると、今ある力の出し方を見落とします。

「どうせできない」と決めると、本人も周囲も学習します

周囲が先に諦めると、その空気は本人にも伝わります。

どうせ求められない。
どうせ任されない。
どうせ代わりにやってもらえる。
どうせ自分はできない側だ。

こうした学習は静かに積み重なります。

すると、もともとの能力以上に、出そうとする動き自体が減っていきます。

これは本人の問題ではありません。
周囲の期待と支援設計がそう学習させている面があります。

ふきのこで大事にしていること

ふきのこでは、「できるかどうか」を急いで決めるより、

  • 何があれば通りやすいか
  • どこまでなら届くか
  • 何が重いと出なくなるか
  • どの支えなら力が出やすいか

を見ます。

つまり、「どうせ無理」と決めない代わりに、雑に期待もしません。
大事なのは、根拠のない楽観ではなく、届く条件を探すことです。

その積み重ねがあると、本人の中に「少しできた」「届いた」「通った」という経験が増えていきます。
その経験が、次の力の土台になります。

保護者の方へ

家でも、「この子にはまだ無理かな」と感じる場面はあると思います。

その感覚自体は自然です。
でも、その時に一度だけ考えてみてほしいことがあります。

本当に無理なのか。
今のやり方では難しいだけなのか。
少し支えがあれば届くのか。
全部ではなく一部ならできるのか。

ここが見えてくると、関わり方はかなり変わります。

必要なのは、過大評価でも過小評価でもありません。
この子が今どこまで届くのかを、できるだけ正確に見ることです。

まとめ

「どうせできない」
この判断は、ときどき本人を守るための配慮に見えます。

でも実際には、

  • 条件を見ないまま可能性を閉じる
  • 支援側の限界を本人の限界にする
  • 経験の入口を奪う
  • 出せる力まで出なくしてしまう

という危うさがあります。

本当に大事なのは、できる・できないを急いで決めることではありません。
何があればその子の力が少し出やすくなるかを探すことです。

「どうせできない」と決めた瞬間、支援は可能性を先回りして閉じます。
逆に、届く条件を探し始めたところから、支援はやっと本人の力を信じる形になります。

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       ▶ 強度行動障害の支援方法【構造・前兆・実践まで解説】        

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