
▶ 強度行動障害の支援方法
ふきのこが「家での困りごと」を支援の中心に置く理由
子どもの支援について話す時、
どうしても中心になりやすいのは、
事業所の中で見えていることです。
たとえば、
- 活動に参加できたか
- 集団の中で過ごせたか
- 他児とのトラブルがあったか
- 大きな崩れがあったか
- 支援者の声かけが入ったか
こうしたことは、
児童発達支援や放課後等デイサービスの現場で、確かに大切な観察ポイントです。
ですが、ふきのこでは、事業所の中だけで支援を完結させることはしません。
なぜなら、
子どもが本当に困っていること、
保護者が本当にしんどいと思っていること、
生活全体の中で支援が必要な場面は、
むしろ家の中で起きていることに集まりやすいからです。
事業所では何とか過ごせる。
でも家では崩れる。
外では頑張れている。
でも帰宅後に荒れる。
活動には参加できる。
でも朝の支度や食事や排泄で生活が止まる。
こうしたことは珍しくありません。
だから、ふきのこでは、
「事業所でどうだったか」だけで支援を組まず、
家で何が起きているかをかなり重く見ます。
事業所で見える困りごとと、家で本当に困っていることはズレることがある
支援者の側は、
目の前で起きていることを中心に見ます。
これは当然です。
でも、保護者が毎日向き合っているのは、
利用時間の数時間だけではありません。
朝起きてから、
支度をして、
園や学校へ行き、
帰宅して、
食事をして、
排泄があり、
お風呂があり、
寝るまでの流れがあります。
その全部が生活です。
そして実際には、
家で本当に困っているのは、
- 朝の切り替えができないこと
- 着替えで毎日止まること
- 排泄前後に大きく崩れること
- 食卓で家族が疲弊していること
- 帰宅後に一気に荒れること
- 寝る前の不安定さが続くこと
だったりします。
つまり、事業所で見えている困りごとと、
保護者が生活の中で本当に困っていることが、
必ずしも一致しないのです。
事業所で“できている”子ほど、家での困りごとを見落としやすい
ここはかなり重要です。
子どもの中には、
事業所では比較的頑張れる子がいます。
たとえば、
- 集団の流れに何とか乗る
- 支援者の声かけで保つ
- その場では大崩れしない
- 活動に参加しているように見える
こういう子は、
支援者から見ると
「今日は落ち着いていた」
「参加できていた」
「大きな問題はなかった」
と見えやすいです。
でも、その反動が家で出ることがあります。
たとえば、
- 帰宅直後に急に荒れる
- 夕方から不安定になる
- 家族にだけ強く当たる
- 食事や入浴で止まる
- 寝る前に大きく崩れる
事業所の中だけ見ていると、
この反動は見えません。
だから、ふきのこでは
「利用中にうまくいっていたか」だけではなく、
その後、家で何が起きているか
まで見ます。
なぜ家での困りごとを支援の中心に置くのか
1. 生活全体が回らないと、支援は続かないから
どれだけ事業所で良い時間があっても、
家で毎日生活が止まり、
保護者が疲弊し、
家族全体が回らなくなるなら、
その支援は長く続きません。
児童発達支援や放課後等デイサービスは、
利用時間だけ整えればいい場所ではありません。
本当に必要なのは、
その支援が家庭生活にもつながり、
少しでも暮らしが回りやすくなることです。
2. 子どものしんどさは、家の場面でこそ強く出ることがあるから
子どもによっては、
安心している家だからこそ崩れることがあります。
事業所では頑張っている。
学校でも何とか保っている。
でも、家に帰った瞬間に全部出る。
これは珍しいことではありません。
だから、家での困りごとは
「家の問題」ではなく、
むしろその子のしんどさが一番素直に出ている場面かもしれないのです。
3. 保護者の負担が最も集中するのは家庭だから
支援者は交代できます。
でも、保護者の生活は交代できません。
朝の支度、
送迎、
食事、
排泄、
きょうだい対応、
寝る前の不安定さ。
こうしたことが毎日続くのは、
保護者にとってかなり重いです。
だから、ふきのこでは
保護者が一番困っている場面を、
「家庭のことだから」と外に置きません。
むしろそこを支援の中心に置くことで、
生活全体を少しでも回りやすくしたいと考えています。
4. 家での困りごとは、支援のズレを教えてくれるから
事業所ではうまくいっているのに、
家で毎日崩れる。
この時、考えるべきなのは
「家での関わりが悪いのでは」
ではありません。
むしろ、
事業所での見立てや支援が、
生活全体に十分つながっていない可能性があります。
つまり、家での困りごとは
保護者の困りごとであると同時に、
支援者側が見直すべきサイン
でもあります。
児童発達支援・放課後等デイサービスで起きやすいズレ
事業所では、
どうしても
「利用時間内にどうだったか」
が評価の中心になりやすいです。
これは仕方のないことでもあります。
見えるのがそこだからです。
でも、その見え方だけで支援を組むと、
こんなズレが起きやすくなります。
- 事業所で参加できているから大丈夫と判断する
- 大きな崩れがないから安心する
- 家庭での困りごとを個別の事情として切り離す
- 家での反動を、保護者の対応の問題で読む
ふきのこでは、
このズレをかなり警戒しています。
事業所でうまくいっていることが、
本当にその子に合っているのかどうかは、
家での生活まで見ないと分からないからです。
支援全体の土台になる考え方は、
こちらの記事でも詳しく整理しています。
強度行動障害の支援方法|爆発前・爆発中・回復期の具体対応と判断設計
ふきのこでは、家での困りごとを「支援の外」に置きません
ふきのこでは、
保護者から
「家ではこうなんです」
と聞いた時、
それを補足情報としてだけは扱いません。
たとえば、
- 家では食べない
- 家では待てない
- 家ではトイレで止まる
- 家では着替えで崩れる
- 帰宅後に急に荒れる
こうしたことは、
支援の中心に置くべき情報だと考えています。
なぜなら、
子どもの生活は事業所だけで完結していないからです。
家での困りごとを見ない支援は、
結果として
「利用中だけ整っていればいい支援」
になりやすいです。
でも、ふきのこが目指しているのは、
利用時間だけきれいに回ることではありません。
その子と家族の生活が、
少しでも回りやすくなることです。
家での困りごとを聞くことは、保護者を評価することではありません
ここは誤解されやすいところです。
家庭での困りごとを丁寧に聞くというと、
保護者の関わり方を見ているように感じる方もいます。
でも、ふきのこが見たいのは
保護者の出来不出来ではありません。
見たいのは、
- どの場面で止まりやすいか
- どんな前兆があるか
- 事業所と家庭で何が違うか
- 何があると少し通りやすいか
- 支援のどこを生活につなげるべきか
です。
つまり、家庭での困りごとを聞くことは、
保護者を評価することではなく、
子どもの生活全体を理解するための支援の一部です。
ふきのこの支援観では、家庭は“報告の場”ではなく“見立ての場”です
ふきのこの支援観シリーズでは、
家庭で起きていることを、
単なる報告事項として扱いません。
そこは、
その子のしんどさ、
無理の出方、
反動の出方、
支えが必要な場面が一番よく見える場所だからです。
だから、家庭での困りごとは
「家のこと」ではなく、
支援の見立てを深くするための材料
として扱います。
支援観シリーズ一覧は、こちらから見られます。
ふきのこの支援観
ふきのこで大切にしていること
ふきのこでは、
家での困りごとを
「事業所以外のこと」として外に置きません。
そうではなく、
- 家で何が止まっているのか
- どこに保護者のしんどさが集中しているのか
- 事業所では見えない反動がないか
- 支援をどう生活につなげるべきか
- 家庭を少しでも回りやすくするには何が必要か
を見ます。
大切なのは、
事業所の中だけ整えることではなく、
その子と家族の生活全体を少しでも回りやすくすること
です。
ふきのこの支援や事業所の概要については、
こちらをご覧ください。
ふきのこについて
まとめ
ふきのこが「家での困りごと」を支援の中心に置くのは、
子どもの本当のしんどさや、保護者の本当の負担が、
家庭の場面に濃く表れやすいからです。
大切なのは、
事業所でどうだったかだけを見ることではなく、
家で何が起きていて、生活全体の中でどこが止まっているのかを見ること
です。
その視点があると、
支援は「利用時間を整えるもの」ではなく、
「その子と家族の暮らし全体を少しずつ回りやすくするもの」に変わっていきます。
強度行動障害の支援方法を体系的にまとめています

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