
▶ 強度行動障害の支援方法
その行動、読み違えていませんか?|参加しているように見えて、実は耐えている子
子どもの支援では、
「活動に参加できているかどうか」が、
かなり分かりやすい評価軸になりやすいです。
制作に入っている。
レクリエーションの場にいる。
席に座っている。
みんなと同じ流れで動いている。
途中で抜けずに最後まで通している。
こうした姿が見えると、
大人はつい
「参加できている」
と受け取ります。
もちろん、それ自体は大切です。
まったく意味がないわけではありません。
その場にいられたこと、
流れの中にいたこと、
その子なりに何かしら関わっていたことには、
確かに価値があります。
ですが、ふきのこでは、参加しているように見える子を、そのまま「安心して参加できている子」とは見ません。
なぜなら、
参加していることと、
その子がその場に無理なく入れていることは、
同じではないからです。
子どもによっては、
その場にいるだけでかなり疲れていることがあります。
見られているので抜けられないだけのことがあります。
流れに乗っているように見えて、
実際にはずっと耐えていることがあります。
つまり、
「参加しているように見える」のではなく、
その場から外れないように必死で保っている
だけのことがあります。
だから、この見え方もかなり読み違えやすい。
そして読み違えるほど、
支援はその子のしんどさを
“参加できていること”の中に埋めてしまいます。
参加は見えやすい。だからこそ、誤読しやすいです
子どもの支援で活動参加が重視されやすいのは、
とても分かりやすいからです。
その場にいるか。
離れているか。
座っているか。
立って動いているか。
道具を持っているか。
最後まで通しているか。
こうしたものは観察しやすく、
記録にも残しやすいです。
保護者にも伝えやすいです。
だからこそ、
参加している姿は、
そのまま前向きな成果として扱われやすくなります。
でも実際には、
その参加の中に、
- 固まり
- 我慢
- 反応の抑え込み
- 見られていることへの緊張
- 逃げられないことによる耐え
が入っていることがあります。
すると、
見た目には参加していても、
その子にとっては
かなりしんどい時間になっていることがあります。
つまり、
参加という見え方だけでは、
その子が
本当にその場に入れているのかまでは分かりません。
ふきのこが見ているのは「参加しているか」ではなく「どう参加しているか」です
ふきのこでは、
子どもが活動に入っている時ほど、
その中身を見ます。
確認したいのは、
- 表情はやわらかいか
- 視線は自然に動いているか
- 自分から少しでも関心が向いているか
- 支援者とのやり取りが無理なく通っているか
- 途中で反応が薄くなっていないか
- 終わったあとに疲れや反動が出ていないか
です。
たとえば、
最後まで席にいても、
表情が固く、
視線が止まり、
ほとんど自発性がなく、
終わったあとに一気に崩れるなら、
それは「安心して参加できた」とは言いにくいです。
逆に、
途中で少し席を離れても、
また自分で戻れる、
活動に関心を向け直せる、
終わったあとも大きく崩れないなら、
その方がその子にとっては良い参加かもしれません。
つまり、
「参加できたか」より、
その参加がその子にとって意味のある、無理の少ない形だったか
を見ます。
なぜ子どもは「参加しているように見える」のか
1. 見られていると、その場を抜けにくいからです
子どもの中には、
見られている場面ほど、
自分から抜けたり止めたりしにくい子がいます。
みんなが見ている。
順番が回ってくる。
支援者が待っている。
場の空気がある。
こうしたことが重なると、
本当はしんどくても、
その場にとどまる方を選ぶことがあります。
この時、
外から見ると
「参加している」
ように見えます。
でも実際には、
参加というより、
抜けられずに耐えている
のかもしれません。
2. 活動の意味はつかめていなくても、形だけ合わせていることがあるからです
子どもによっては、
周囲の動きに合わせているだけで、
活動の意味や流れを十分理解していないことがあります。
手は動いている。
道具も持っている。
でも、
- 何をしているのかは分かっていない
- 周りを見て形だけ合わせている
- 支援者に促されて動いているだけ
ということがあります。
この状態も、
外からは「参加している」に見えやすいです。
3. 参加すること自体が、その子の“防御”になっていることがあるからです
意外に思うかもしれませんが、
活動から外れるより、
その場に合わせていた方が安全だと感じる子もいます。
特に、
注意を向けられることが苦手な子、
止められることが苦手な子、
集団の中で目立つことが怖い子では、
「合わせている方がまだまし」
という形で参加していることがあります。
つまり、
その参加は主体的なものではなく、
目立たないための参加
かもしれません。
4. 支援者の手厚い支えで、形だけは保たれていることがあるからです
一見、本人が活動に入れているように見えても、
実際には
- ずっと支援者が横についている
- 細かくタイミングを合わせている
- かなり言葉を足している
- 手を添えて流れを保っている
ことがあります。
それ自体は悪いことではありません。
でも、
その支え込みを見落として
「もう参加できる子」と評価すると、
次の支援が重くなります。
なぜ「参加している」をそのまま良いことと読むと危ないのか
1. 耐えているだけなのに、成功として積み上げやすいからです
活動に最後までいた。
途中で抜けなかった。
みんなと同じ場にいられた。
こうしたことは、
どうしても前向きに評価されやすいです。
でも、
本当はかなりしんどくて、
ただ耐えていただけかもしれない。
それを成功として積み上げると、
支援はその子を理解する方向ではなく、
参加という見た目を維持する方向へ寄りやすくなります。
2. 主体性のない参加が増えやすいからです
参加だけを目標にすると、
その子が本当に活動とつながっているかより、
その場にいられるかどうかが優先されやすくなります。
すると、
自分から関心を向ける、
少し選ぶ、
少し戻る、
という主体的な部分より、
「とにかくその場にいる」
ことが評価されやすくなります。
これは、長く見るとかなり危ういです。
3. 家庭での反動を見落としやすいからです
その場では活動に参加していた。
でも、
- 帰宅後に急に荒れる
- 食事で止まる
- 入浴で崩れる
- 寝る前に張っていたものが切れる
ということは珍しくありません。
もしそうなら、
その参加は、
その場だけ見れば通っていても、
一日全体で見るとかなり重かったのかもしれません。
その場だけ見て「参加できていました」で終わると、
支援の評価を誤ります。
4. 支援者側の都合と、子どもの状態が混ざりやすいからです
活動に入ってくれていると、
集団の流れは回しやすくなります。
支援者としても、
場を運営しやすい。
他児への影響も少ない。
予定通り進みやすい。
でも、
支援者にとって都合がよいことと、
子どもにとって無理が少ないことは同じではありません。
ここを分けて見ないと、
参加の評価はかなり危うくなります。
児童発達支援・放課後等デイサービスでは、この読み違いがかなり起きやすいです
児童発達支援や放課後等デイサービスでは、
活動を通して支援する時間が多くあります。
そのため、
どうしても
「活動に入れたか」
が、見えやすい評価軸になります。
これは自然です。
でも、その一方で、
参加の中身が見落とされやすいです。
特に、
- 見られていると抜けにくい子
- 固まりながらその場にいる子
- 支え込みで何とか通している子
- 終わったあとに大きく反動が出る子
では、
「参加できた」の評価だけでは足りません。
だから、ふきのこでは
活動に入っている子ほど、
その質を見ます。
支援全体の土台になる考え方は、
こちらの記事でも詳しく整理しています。
強度行動障害の支援方法|爆発前・爆発中・回復期の具体対応と判断設計
ふきのこでは、「参加させる」より「入れる形をつくる」を大事にします
ふきのこが大切にしているのは、
子どもを活動に合わせることではありません。
むしろ、
- 人数を減らす
- 時間を短くする
- 一対一から始める
- 順番を小さく分ける
- 終わりを見えやすくする
- 支援者の関わりを軽くする
など、
その子が入りやすい条件の方を整えます。
つまり、
「参加しているように見せる」ことではなく、
その子が少しでも無理なく入れる形をつくること
を大事にしています。
ふきのこの支援観では、「参加」に見えるものほど丁寧に読みます
このシリーズでは、
表面に見えている行動と、
実際に内側で起きていることがズレる場面を扱っています。
「参加しているように見える」も、その代表の一つです。
参加しているから大丈夫、
最後までいたから安心、
その場にいたから支援が入っている。
こうした読み方は、
時に子どもの耐えを見えなくします。
だから、ふきのこでは
参加しているように見える時ほど、
本当に関心があるのか、
無理をしていないか、
終わった後まで含めて保てているかを見ます。
支援観シリーズ一覧は、こちらから見られます。
ふきのこの支援観
ふきのこで大切にしていること
ふきのこでは、
参加しているように見える子を、
そのまま安心して参加できている子とは見ません。
そうではなく、
- その参加に無理はないか
- 固まりや耐えではないか
- 関心は本当に向いているか
- 支え込みで成り立っていないか
- その後に反動が出ていないか
を見ます。
大切なのは、
その場にいたことを評価するだけではなく、
その参加がその子にとって意味のある、無理の少ない形かどうかを読み違えないこと
です。
ふきのこの支援や事業所の概要については、
こちらをご覧ください。
ふきのこについて
まとめ
参加しているように見えて、実は耐えている子がいます。
その場にいること、
最後まで通していること、
活動から抜けていないことは、
必ずしも安心して参加できていることを意味しません。
大切なのは、
「参加できている」と早く評価することではなく、
その参加の中に無理や固まりや耐えがないかを丁寧に見ること
です。
その視点があると、
支援は見た目の参加を整えるものではなく、
その子が本当に入れる形を少しずつつくっていくものへ変わっていきます。
強度行動障害の支援方法を体系的にまとめています

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