
▶ 強度行動障害の支援方法
その行動、読み違えていませんか?|できたりできなかったりする子を、気分の問題で終わらせないために
子どもの支援をしていると、
同じことなのに、
できる日とできない日がある子がいます。
たとえば、
- 昨日は入れた活動に、今日は強く拒否が出る
- ある日は声かけで動けるのに、別の日は止まる
- 昨日は座れたのに、今日は全く入れない
- 一対一ではできるのに、集団では急に難しくなる
- 午前は通るのに、午後になると崩れやすい
こうした姿を見ると、
周囲はつい
「今日は気分が乗らないのかな」
「ムラがある子なのかな」
「やる気の問題ではないか」
と考えやすくなります。
でも、ふきのこでは、できたりできなかったりする子を、気分の問題とは見ません。
なぜなら、
その差の背景には、
気まぐれや甘えではなく、
条件の違い、余裕の違い、負荷の違い
があることが多いからです。
つまり、
「できたりできなかったりする」のではなく、
通れる条件と通れない条件が、まだはっきり分かれている
のかもしれません。
だから、この見え方もかなり読み違えやすい。
そして読み違えるほど、
支援は本人の問題にされやすくなり、
本当は調整できるはずの条件差が見えなくなっていきます。
「昨日できたのに今日はできない」は、支援ではかなり大事な情報です
大人はどうしても、
一度できたことを基準にして見てしまいます。
だから、
昨日できたことが今日はできないと、
つい
「なんで今日はやらないのだろう」
「前はできたのに」
と考えやすくなります。
でも実際には、
子どもの状態は毎回同じではありません。
睡眠、疲れ、身体不快、感覚刺激、周囲の人数、
支援者の違い、前の活動の重さ、時間帯。
こうしたものが少し違うだけで、
通れるかどうかはかなり変わります。
つまり、
「昨日できたのに今日はできない」は、
わがままの証拠ではなく、
何かの条件差がその子にとって大きく影響している
という重要なサインなのです。
ふきのこが見ているのは「本人の気分」ではなく「その日の通りやすさの条件」です
ふきのこでは、
できる時とできない時の差がある子を見た時、
まず
「気分の波」
で片づけません。
それより先に、
- 何が昨日と違ったのか
- どの時間帯だったのか
- その前にどんな活動があったのか
- 人の数や空気は違わなかったか
- 身体面のしんどさはなかったか
- 支援者の入り方は変わっていなかったか
を見ます。
つまり、
本人の内面を推測するより先に、
その場の条件差を細かく見る
ことを大切にします。
なぜなら、
子どもの「できる・できない」は、
能力よりも条件に左右されることがかなりあるからです。
なぜ子どもは「できたりできなかったりするように見える」のか
1. 体力や処理余裕が毎回同じではないからです
大人でも、
疲れている時にはいつも通り動きにくくなります。
子どもも同じです。
特に、
重度の子や強度行動障害のある子では、
表面に出ていない疲れや処理余裕の低下が、
できる・できないの差としてかなり出ることがあります。
昨日は通れた。
でも今日はすでに余裕が少ない。
その違いだけで止まることがあります。
2. 前の活動や環境の負荷が残っているからです
その場単体で見れば同じ課題でも、
その前に何があったかで通りやすさは変わります。
たとえば、
- 移動で疲れていた
- 集団刺激を多く受けた後だった
- 待ち時間が長かった
- すでに何度も声をかけられていた
こうしたことがあると、
次の課題は同じでも、
本人にとっての重さは全く違います。
3. 安心条件が少し崩れていたからです
同じ活動でも、
- 支援者が違う
- 人数が多い
- いつもの場所ではない
- 声のトーンが違う
- 終わりの見通しが弱い
といった違いがあるだけで、
その子にとってはかなりやりにくくなることがあります。
つまり、
「今日はできない」のではなく、
今日は安心条件が足りない
のかもしれません。
4. 一度できたことが、まだ不安定な力だからです
一回できた、
数回通った、
それだけでは、まだその子の中で安定した力になっていないことがあります。
その場合、
少し条件が変わるだけでまた止まります。
これは後退ではありません。
むしろ、
まだ条件つきで通っている段階だということです。
なぜ「気分の問題」で片づけると危ないのか
1. 支援の修正点が見えなくなるからです
気分の問題と見てしまうと、
支援者は
「今日はそういう日だった」
で終わりやすくなります。
でも本当は、
環境、時間帯、前の活動、
支援者の関わり、身体不快など、
調整できることがあるかもしれません。
そこを見ないと、
支援は毎回運任せになります。
2. 本人が責められやすくなるからです
「ムラがある」
と見られると、
子どもは無意識に
「やればできるのに今日はやらない子」
として扱われやすくなります。
でも実際には、
やらないのではなく、
今日は通れない条件が重なっているだけかもしれません。
ここを読み違えると、
支援は理解より要求に寄っていきます。
3. 保護者も“家では甘えているのでは”と受け取りやすくなるからです
事業所側が
「できる時もあるので気分の問題かもしれません」
のように見ると、
保護者も
「家でだけ崩れるのは甘えなのか」
と自分を責めやすくなります。
でも本当に見るべきなのは、
家でどういう条件が重なっているかです。
気分の問題にすると、
家庭で起きていることの構造が見えにくくなります。
4. 一貫した支援設計ができなくなるからです
「できる日もある」「できない日もある」で終わると、
支援は毎回その場対応になります。
でも、
何が違うと通りやすくて、
何が違うと止まりやすいのかが見えてくると、
支援は一貫した設計に変わります。
ふきのこでは、
この差をできるだけ言語化しようとします。
児童発達支援・放課後等デイサービスでは、この読み違いがかなり起きやすいです
児童発達支援や放課後等デイサービスでは、
日々いろいろな活動や支援者や集団条件が変わります。
そのため、
子どもの反応に差が出るのは自然です。
でも、その差が大きいと、
どうしても
「ムラがある」
「気分屋」
と見られやすくなります。
ふきのこでは、
そこをあえて立ち止まります。
差があるなら、
その差を生んでいる条件があるはずだと考えるからです。
支援全体の土台になる考え方は、
こちらの記事でも詳しく整理しています。
強度行動障害の支援方法|爆発前・爆発中・回復期の具体対応と判断設計
ふきのこでは、「ムラがある子」ではなく「条件差に敏感な子」と見ます
ふきのこでは、
できる時とできない時の差が大きい子を、
単にムラのある子とは見ません。
むしろ、
条件差に敏感な子
として見ます。
その見方に変わると、
支援も変わります。
本人を押すのではなく、
条件をそろえる。
負荷を減らす。
入りやすい順番を探す。
崩れやすい時間帯を避ける。
つまり、
「気分の問題」から
「支援設計の問題」へと視点が移ります。
ふきのこの支援観では、「差があること」自体を大事な情報として見ます
このシリーズでは、
表面に見えている行動と、
実際に内側で起きていることがズレる場面を扱っています。
「できたりできなかったりするように見える」も、その一つです。
昨日と今日で何が違ったか。
なぜ午前は通って午後は止まるのか。
どの支援者だと入りやすいのか。
どの場面で差が出やすいのか。
そこを見ていくと、
その子の支え方が少しずつ具体化していきます。
支援観シリーズ一覧は、こちらから見られます。
ふきのこの支援観
ふきのこで大切にしていること
ふきのこでは、
できたりできなかったりする子を、
気分の問題としては見ません。
そうではなく、
- 何が違うと通りやすいのか
- 何が違うと止まりやすいのか
- どの条件差が大きいのか
- 何をそろえると安心しやすいのか
- どこを支援で調整すべきか
を見ます。
大切なのは、
その子をムラのある子と見ることではなく、
その子が通れる条件と通れない条件を丁寧に見分けること
です。
ふきのこの支援や事業所の概要については、
こちらをご覧ください。
ふきのこについて
まとめ
できたりできなかったりするように見えて、実は条件差に強く反応している子がいます。
同じことが通る日と通らない日があるのは、
必ずしも気分のムラややる気の差を意味しません。
大切なのは、
「ムラがある」で終わることではなく、
何が違うと通れ、何が違うと止まるのかを丁寧に見ること
です。
その視点があると、
支援は本人の気分に振り回されるものではなく、
その子に合う条件を少しずつ整えていくものへ変わっていきます。
強度行動障害の支援方法を体系的にまとめています

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