預かるだけで終わらせない。子どもと家庭の現実に届く支援を、ともにつくる人へ。

ふきのこは、最重度の自閉症・知的障害・強度行動障害のある子を育てる親が、制度や既存施設への違和感から立ち上げた施設です。このページでは、家庭につながる支援を大切にする理由、現場のリアル、仕事の厳しさ、しんどさを上回るやりがいまで、本音でお伝えします。

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RECRUIT

預かるだけで終わらせない。
子どもと家庭の現実に届く支援を、本気で積み上げたい人へ。

このページでは、ふきのこが何を大切にしているのか、なぜこの施設をつくったのか、
ここで働く意味、しんどさ、やりがい、合う人・合わない人まで、きれいごとではなくそのまま書いています。

はじめに|この仕事は、子どもを見ているだけでは足りません

ふきのこの仕事は、子どもを安全に預かって、一日を無事に終えるための仕事ではありません。

もちろん、安全は大前提です。
でも、それだけでは足りません。

施設では落ち着いて見える。
活動にも参加している。
大きな問題も起きていない。
それなのに、家に帰ると崩れる。
保護者は毎日ぎりぎりで回している。
そんなことは、珍しくありません。

だから私たちは、施設の中だけ整って見えることを、支援の成功とは考えていません。

本当に見るべきなのは、
その子が何に不安を感じているのか。
どこで崩れやすいのか。
何が伝わっていないのか。
そして、その支援が家庭に返っていく形になっているのかです。

ここで働くということは、目の前の子どもだけを見て終わらず、
その子と家族の暮らしにまで責任を持つ感覚で支援を組み立てるということです。

WHY FUKINOKO EXISTS

ふきのこは、最重度の子を育てる親が現実の中からつくった施設です

ふきのこは、ただ福祉の制度の中で立ち上げた施設ではありません。
最重度の自閉症、知的障害、強度行動障害のある子を育てている親が、現実の中からつくった施設です。

ここは、外から支援を眺めて作られた場所ではありません。
家庭で何が起きるのか。
家族がどこで限界に近づくのか。
「施設では大丈夫です」と言われても、家では全然大丈夫ではない現実があること。
そういうことを、机上ではなく、生活の中で知っている立場から作っています。

親として、家族として、制度にも、既存の施設にも、何度も強い違和感を抱いてきました。

それは理屈ではなく、毎日の暮らしの中でぶつかってきた現実です。

何をして過ごしているのか、施設の中の実際がよく分からない。
支援と言いながら、必要な水分が十分に取れず、脱水で救急搬送されたこともある。
公園遊びのあと、全身を蚊に刺され、アレルギー症状で救急搬送されたこともある。
そして、重度というだけで、最初から断られることもありました。

見えない支援への不信
施設の中で何が行われているのかが見えにくく、家庭に返ってくる情報が薄い。

安全への不信
水分、環境、体調への配慮が足りず、命や健康に関わるところで不安が残る。

重度ゆえの排除
支援が必要なはずの子ほど、「難しい」という理由で入口から外されてしまう。

これは、たまたま嫌な思いをした、という話ではありません。

私たちにとっては、重い子ほど支援が浅くなりやすく、家庭の切実さほど置き去りにされやすいという現実そのものでした。

私たちが納得できなかったのは、

子どもが悪いからでも、保護者の関わりが足りないからでもありません。
制度の中で支援が細切れになり、施設の中だけで完結し、家庭に返っていかないことでした。

だから、ふきのこをつくりました。

子どもの行動だけを見て終わるのではなく、
前兆、不安、環境、順序の崩れ、家庭で起きている現実まで含めて支援を考える。
「今日は施設で落ち着いていました」で終わらせず、何を見て、どう関わり、何が起き、何を次につなげるのかを共有する。
重度だから難しいで終わらせず、重い現実に対して、支援の側がもっと構造化されるべきだと考える。

FUKINOKO’S STARTING POINT

ふきのこは、制度や既存施設への違和感を、文句で終わらせず、
支援の設計そのものを作り直すために立ち上げた施設です。

ふきのこが大切にしている支援

家庭につながらない支援は、足りない

施設の中でうまくいっていること自体は、悪いことではありません。
でも、それをそのまま成功と呼ぶことはできません。

私たちが見るのは、その先です。
その落ち着きは、家でも少し返っているか。
その参加は、家庭のしんどさを少しでも減らしているか。
その理解は、日常生活に広がっているか。

もし施設の中だけで完結しているなら、それはまだ途中です。

だから、連絡帳も、共有も、記録も、見立ても、軽く扱いません。
その日の出来事を報告して終わるためではなく、家庭に返る支援の材料にするために残します。

行動だけで決めつけない

強い行動が出ると、表面だけを見れば分かりやすいです。
叩いた。投げた。拒否した。固まった。叫んだ。

でも、本当に見るべきなのは、その行動そのものではありません。
その前に何があったのか。どこで不安が高まったのか。何が読み取れていなかったのか。順序は崩れていなかったか。無理に通そうとしていなかったか。我慢を重ねさせていなかったか。

表面の行動だけで支援を組むと、かなりの確率でズレます。
だからふきのこでは、行動だけで子どもを説明しないことを徹底します。

前兆を読む

崩れは、突然起きるように見えて、実は前から始まっています。

表情が固い。声の出方が違う。視線が細くなる。動きが止まる。反応が遅れる。同じ行動が増える。

こういう変化を見逃すと、こちらの関わりもズレます。
逆に、前兆が読めると、声かけを減らす、順番を変える、待つ、環境を下げる、別の動線にする、など、崩れを深くしない支援に変えられます。
私たちは、爆発した後の対応より、爆発しやすくなる流れをどう変えるかを重く見ています。

支援を個人技で終わらせない

その場だけうまくいく支援は、強くありません。

担当が変わったら崩れる。説明できない。保護者に返せない。記録に残らない。再現できない。

良い支援は、たまたま相性が良かったではなく、誰が関わっても大きくズレにくい形にしていく必要があります。
だからふきのこでは、記録、共有、言語化、修正を支援の中心に置いています。

現場では、こんな場面で本質が出ます

施設では落ち着いているのに、家では崩れる子がいます

施設では穏やかに過ごしている。活動にも参加している。大きなトラブルもない。
一見すると、うまくいっているように見えます。

でも、家に帰ると荒れる。泣く。切り替えられない。家族にぶつかる。食事や入浴まで崩れる。

こういう時、「施設では大丈夫でした」で終わる支援なら、家族は救われません。
ここで必要なのは、施設での落ち着きが本当に安定なのか、それとも我慢や緊張の上に成り立っているのかを見極めることです。

子どもが崩れた瞬間より、その30秒前の方が大事です

叩いた。投げた。叫んだ。
その瞬間だけ見れば、対応は「止める」になりやすいです。

でも実際には、その前に始まっています。
表情が変わっていた。反応が遅くなっていた。声をかけすぎていた。予定変更の説明が曖昧だった。隣の刺激が強すぎた。

現場では、こういう小さなズレが積み重なって崩れになります。
だからこの仕事は、起きたことへの反応だけではなく、起きるまでの流れを読めるかどうかで質が変わります。

記録が雑だと、支援が雑になります

記録は事務作業ではありません。

たとえば「落ち着いて過ごした」とだけ書けば、次の支援者には何も伝わりません。
何があったのか。どこで迷ったのか。何を減らしたら安定したのか。何が前兆だったのか。家庭には何を返すべきか。

そこが抜けると、支援は毎回その場しのぎになります。
ふきのこでは、記録を支援を揃え、家庭に返すための設計図として扱います。

それでも、この仕事にはしんどさを上回る意味があります

ここまで読むと、この仕事は重くて、難しくて、しんどそうだと感じるかもしれません。

実際、その感覚は間違っていません。
ふきのこの支援は、軽い気持ちでできる仕事ではありません。
子どもの行動だけでなく、その背景を見て、家庭のしんどさまで含めて考え、その日の関わりを記録し、共有し、次につなげていく。
簡単ではないですし、楽な仕事だとも言いません。

でも、それでも私たちがこの仕事を続けるのは、しんどさを上回るだけの意味があるからです。

その子が大きく崩れる前に、前兆を見て支えられた時。
保護者から「家での荒れ方が少し変わってきました」と言われた時。
以前は通らなかったことが、無理をさせずに少し通るようになった時。
担当が変わっても支援がぶれず、チームで同じ方向を向けた時。
記録に残したことが次の支援につながり、子どもの暮らしが少し楽になった時。

そういう変化は、小さく見えて、決して小さくありません。
目の前の子どもと家族の現実に、自分の仕事が本当に届いていると感じられること。
感覚ではなく、支援を積み上げている実感を持てること。
一人で頑張った気分ではなく、チームで支援をつくっている誇りを持てること。
ここには、それがあります。

この仕事のいちばん大きなやりがいは、子どもの成長が返ってくることです

この仕事のやりがいは、その日のうまくいった・いかなかっただけではありません。

むしろ、数日や数ヶ月では、はっきりした成果が見えないこともあります。
関わりを続けても、すぐには変わらない。
同じことの繰り返しに見える。
支援していても、本当に届いているのか不安になる。
そういう時期もあります。

でも、そこで終わりではありません。

毎日の関わり、記録、共有、見直しを積み重ねていく中で、ある時ふと、
以前は入らなかった指示が入るようになっている
前より切り替えやすくなっている
崩れ方が変わってきている
できることが少しずつ増えている
と気づく瞬間があります。

それも、施設の中だけではありません。

保護者から「家でも前よりやりやすくなってきました」
「学校でも落ち着いてきたと言われました」
「前より切り替えやすくなりました」
と聞けるようになることがあります。

この変化は、派手ではありません。
でも、かけがえがありません。

そして、ふきのこでは、
他の放課後等デイでは荒れると聞く子が、ふきのこでは落ち着いて過ごせる
「ふきのこではとてもやりやすい」と言われる
そうした場面もあります。

それは、たまたま相性が良かったからではありません。
行動だけで決めつけず、前兆を見て、不安を読み、環境を整え、支援を揃えてきた積み重ねの結果です。
だからこの仕事はしんどいだけでは終わりません。
時間をかけてでも、子どもと家庭に返ってくる変化を、一緒につくっていける仕事です。

この仕事で得られるもの

ふきのこで働くことで得られるのは、経験年数だけではありません。

子どもの行動を表面だけで見ない視点。
支援を感覚ではなく構造で考える力。
家庭のしんどさを含めて見立てる力。
一人で抱えず、チームで支援を揃える力。
記録を、ただの報告ではなく次につながる支援の材料に変える力。

これは、どの現場でも自然に身につくものではありません。
だからこそ、ふきのこで積み上げた経験は、支援者としての土台そのものになると考えています。

ふきのこの仕事は、優しいだけでは務まりません

ここは、はっきり言います。

この仕事は、優しい人なら向いている、ではありません。

現場では判断が必要です。
今この声かけでいいのか。今は押すのか、引くのか。止めるのか、待つのか。これは拒否なのか、理解不足なのか、不安なのか。家庭に返すべきことは何か。今記録に残すべきことは何か。誰に共有しないと危ないか。

こういう判断を、毎日します。

そして一番危ないのは、自信がないのに、分かったふりをすることです。

子どもに関わる仕事だからこそ、感情だけで進めると壊れます。
優しさだけで乗り切ろうとしても、続きません。
勢いだけで支援をすると、子どもも家庭も振り回します。

だから必要なのは、優しさよりも冷たさ、という意味ではありません。
必要なのは、優しさを構造に変えられる人です。

ただし、最初から完璧にできる人を求めているわけではありません。
ふきのこで大切なのは、できないことを隠さず、学びながら、共有しながら、支援を揃えていこうとする姿勢です。

ふきのこに合う人

子どもの行動を見て、すぐに決めつけずに考えられる人。
施設の中だけで完結せず、家庭のしんどさまで視野に入れられる人。
自分の感覚だけで押し切らず、記録や共有を大事にできる人。
分からないことをそのままにせず、聞ける人。
支援を個人技ではなく、チームで揃えることに価値を感じる人。
その日の平穏より、長い目で見た変化を大切にできる人。
「今日は荒れなかった」で終わらず、なぜそうだったのかまで考えようとする人。
学ぶことや修正することを、プライドの傷ではなく成長だと受け取れる人。

ここで求めているのは、完成した人ではありません。
でも、考え続けられる人は必要です。

合わないかもしれない人

その場が静かなら良い支援だと思う人。
子どもの行動を、しつけや性格の問題で片づけたい人。
記録と共有を雑務だと思う人。
保護者の困りごとにあまり関心が持てない人。
相談せずに抱え込むことを責任感だと思う人。
自分のやり方を直されることに強く反発する人。
学ぶより慣れで回したい人。
「子どもが好きだから大丈夫」と思っている人。

こういう人は、たぶんしんどくなります。

これは意地悪で言っているのではありません。
採用で本当に大事なのは、誰でも歓迎することではなく、合わない人に無理をさせないことだからです。

逆に、最初は自信がなくても、子どもと家庭にちゃんと向き合いたい人、学びながら支援を深めたい人には、意味のある職場になるはずです。

よくある不安に、本音で答えます

子どもへの接し方が不安です

不安で当然です。むしろ、最初から自信満々の方が危ないこともあります。
子ども一人ひとりで、不安の出方も、崩れ方も、落ち着き方も違います。
だから、正解を暗記して対応する仕事ではありません。
大事なのは、分からないことを分からないままにしないこと。自分の感覚だけで押し切らないこと。見て、聞いて、共有しながら学んでいくことです。

子どもが崩れた時に、自分が落ち着いて対応できるか不安です

それも、自然な不安です。強い行動が出る場面は、誰でも緊張します。
ただ、ふきのこで大切にしているのは、崩れた瞬間の勢いや気合いではなく、その前に何が起きていたかを読むことです。
必要なのは肝の太さだけではありません。落ち着いて見ようとすること、一人で抱え込まずに共有することの方が大事です。

記録や共有についていけるか不安です

この不安は、かなり大事です。
ふきのこでは、記録や共有を「あとで書くもの」「事務作業」とは考えていません。支援を揃え、家庭に返し、次の支援につなげるための材料として扱っています。
最初から完璧な記録を書けることは求めていません。何を見るのか、何を残すのか、どこを共有するのかを少しずつ身につけていくことを大切にしています。

今までの経験が通用しないのではと不安です

経験者ほど、この不安を持つことがあります。
実際、ふきのこは「その場が静かならよい」「施設の中で落ち着いていれば十分」という考え方では動いていません。
大切なのは、経験があることより、自分のやり方を更新できることです。

責任が重そうで不安です

重いです。そこは軽く言いません。
でも、責任が重いことと、一人で背負わせることは別です。
ふきのこでは、「責任があるから一人で何とかしろ」ではなく、責任があるからこそ、一人にしないという考え方です。

保護者対応が不安です

不安で当然です。保護者対応は、ただ丁寧に話せばよいというものではありません。
でも、全部を一人で背負う形にはしません。記録、共有、相談の流れを整えた上で、一緒に考え、一緒に対応することを大切にしています。

人間関係が不安です

人間関係は、職場選びでとても大きい問題です。
ふきのこで大切にしているのは、単に仲がいいことではありません。支援の軸を共有できること、ズレをそのままにしないこと、相談しやすいこと、修正し合えることです。
必要なのは、支援を一緒につくれる関係です。

しんどさばかりで、自分が潰れないか不安です

この不安は、とても大事です。今の採用ページを読んで、そう感じる人は自然です。
実際、簡単な仕事ではありません。
でも、ふきのこでは「しんどいのが当たり前だから我慢する」という現場にはしたくありません。
だからこそ、仕組みで負担を減らし、一人で抱え込ませず、共有しやすい流れを整えることを大切にしています。
そしてもう一つ大きいのは、しんどさを上回る意味があるかどうかです。

子どもの成長がすぐに見えない時に、自分が持ちこたえられるか不安です

この仕事は、数日や数週間で目に見える成果ばかりが出る仕事ではありません。
でも、数日や数ヶ月では見えなくても、一年後に振り返ると、できることが増えている、前より指示が入りやすくなっている、家庭でも学校でもやりやすくなったと言われ始める。そういう変化があります。
すぐに結果が見えないからこそ、見立てを積み重ね、支援を揃え、記録を残し続ける意味があります。

自分に務まるか不安です

その不安がある人の方が、むしろ合うこともあります。
危ないのは、不安があることではなく、分からないまま進めることです。
ふきのこで大切なのは、最初から完璧であることではありません。できないことを隠さず、確認し、共有し、学びながら支援を揃えていこうとすることです。

未経験でも大丈夫か

大丈夫です。
ただし、未経験だからこそ、分かったふりをしないことが大事です。

最初から一人で判断できることは求めません。
最初から全部背負えることも求めません。

むしろ危ないのは、聞けないこと、相談できないこと、曖昧なまま進めることです。
ふきのこでは、分からないことを確認しやすくすること、共有しやすくすること、一人で抱え込ませないことを大切にしています。
未経験かどうかより、学ぶ姿勢があるか、ズレを修正できるかの方が大きいです。

職員をどう守るか

私たちは、子どもを笑顔にする前に、まず職員を笑顔にする必要があると考えています。

これは、きれいごとではありません。

疲れ切った職員が、良い支援を続けられるわけがありません。
だから、職員を守ることは甘えではなく、支援の前提です。
残業を当たり前にしない。仕組みで減らせる負担は減らす。一人で抱え込ませない。相談しやすい流れをつくる。ICTも使う。マニュアルも整える。感覚だけに頼らない。
職員を守るのは、楽をさせたいからではありません。支援の質を守りたいからです。

職種ごとの役割

児童発達支援管理責任者候補

計画を作る人、ではありません。子ども、家庭、現場、保護者、支援の方向性をつなぎながら、全体のズレを小さくしていく役割です。責任は重いです。だからこそ、一人で抱えさせる形にはしません。

保育士・児童指導員

日々の療育の中心です。ただその場で関わるだけではありません。観察し、意味を読み、共有し、次につなげる。現場感覚と構造理解の両方が必要です。

送迎ドライバー

送るだけではありません。保護者との接点でもあり、子どもの切り替えにも関わる役割です。安全運転は当然として、丁寧さと安定感が必要です。

ヘルパー・無資格スタッフ

資格だけで役割の価値は決まりません。もちろん任せる範囲には線があります。でも、現場の流れを整え、安心を支える存在としての役割は大きいです。

代表からのメッセージ

私は、最重度の自閉症、知的障害、強度行動障害のある子を育てる親でもあります。

だからこそ、制度の中で支援がどう切れてしまうのか、施設の中でうまくいっているように見えても家庭では崩れる現実があること、そして、強い行動のある子ほど支援が浅くなりやすいことを、机上ではなく現実として見てきました。

ふきのこは、そうした違和感を出発点にしています。

既存の仕組みに文句を言うだけではなく、だったら自分たちで、家庭につながる支援をつくろう。行動だけで決めつけず、見立てを揃え、支援を積み上げていける場所をつくろう。そう考えて始めたのが、ふきのこです。

だから、ここで求める仕事は軽くありません。
でもその分、子どもと家庭の現実に本当に届く支援をつくっていける仕事です。
きれいな言葉だけでは続かない。優しいだけでも足りない。それでも、支援をちゃんと積み上げていきたい。
そう思う人と、一緒に働きたいと思っています。

募集要項を見る / 応募前に話を聞きたい方へ

給与、勤務時間、休日、待遇、資格条件、職種別の詳細は、募集要項ページにまとめています。
応募を検討される方は、必ずこちらもご確認ください。

いきなり応募ではなく、まず話を聞いてみたい、見学してみたいという方も歓迎しています。