
▶ 強度行動障害の支援方法
ふきのこが「今日は落ち着いていました」をそのまま良い報告にしない理由
児童発達支援や放課後等デイサービスでは、
その日の様子を振り返る時に
「今日は落ち着いていました」
という言葉がよく使われます。
この言葉は、一見すると安心できる言葉です。
大きなトラブルがなかった。
活動が止まらなかった。
支援者が追われる場面が少なかった。
そうした一日を短くまとめるには、確かに便利です。
ですが、ふきのこでは、「今日は落ち着いていました」という言葉を、そのまま良い報告としては扱いません。
なぜなら、
落ち着いて見えることと、
本当に安心して過ごせていたことは、
同じではないからです。
特に、
重度の子、
強度行動障害のある子、
発語が少なく自分のしんどさを言葉で伝えにくい子では、
「落ち着いているように見える状態」の中に、
固まり、我慢、反応の抑え込み、過緊張が混ざっていることがあります。
つまり、
「落ち着いていました」は、
その一言で終わらせるには危うい言葉でもあります。
「落ち着いていました」は便利ですが、かなり多くを隠してしまう言葉でもあります
この言葉がよく使われるのは、
悪いことではありません。
たとえば、
- 大きな他害がなかった
- 活動中に席を離れることが少なかった
- 大声が目立たなかった
- 全体の流れに入れていた
といったことを、短くまとめるには便利です。
でも実際には、
その中身を見ないと分からないことがかなりあります。
たとえば、
本当に安心して穏やかだったのか。
支援者の近くで何とか保っていたのか。
見られていて動けなかっただけなのか。
終わるまで固まっていたのか。
これらは全部、
外からは同じように「落ち着いていた」に見えることがあります。
だから、ふきのこでは
その言葉だけで評価を終わらせません。
ふきのこが見ているのは「落ち着いていたか」ではなく「どう落ち着いていたか」です
ふきのこでは、
子どもが穏やかに見えた時ほど、
むしろ細かく見ます。
確認するのは、
- 表情はやわらかかったか
- 視線は自然に動いていたか
- 呼びかけに無理なく入れていたか
- 急に静かになりすぎていなかったか
- 逆に不自然に明るくなっていなかったか
- 終わった後に疲れが強く出ていなかったか
です。
たとえば、
活動中ずっと座っていても、
表情が固く、
視線が止まり、
終わった後に一気に崩れるなら、
それは「安心して落ち着いていた」とは言いにくいです。
逆に、
少し動きはあっても、
自分で戻れた、
支援者とのやり取りが通った、
終わった後も大きく崩れなかったなら、
その方がその子にとっては良い状態かもしれません。
つまり、
「静かだった」「問題がなかった」だけでは、
その子にとっての質までは見えません。
なぜ「落ち着いていました」で終わると危ないのか
1. 固まりや我慢を成功と誤読しやすいからです
一番大きいのはここです。
子どもによっては、
不安や緊張が高い時ほど、
大きく動くのではなく、
逆に静かになることがあります。
反応が少ない。
返事が減る。
表情が動かない。
ただその場にいる。
外から見ると「落ち着いている」ように見えますが、
実際には固まっていることがあります。
これを良い状態として積み上げると、
その子は「静かでいられる子」として評価されながら、
実際にはかなりしんどい状態を見逃されやすくなります。
2. 支援者側のやりやすさで判断しやすいからです
活動が止まらない。
周囲への影響が少ない。
支援者が追われない。
これは現場にとっては助かる状態です。
でも、
支援者にとって扱いやすいことと、
子どもにとって良い一日だったことは違います。
ふきのこでは、
「今日は落ち着いていました」という言葉の裏に、
支援者側の安心だけが入っていないかも見ます。
3. 家庭での反動を見落としやすいからです
事業所では落ち着いて見えた。
でも、帰宅後に一気に荒れる。
食事で止まる。
寝る前に崩れる。
翌朝から不安定になる。
こうしたことは珍しくありません。
つまり、
その場だけを見ると「穏やか」でも、
一日の全体で見ると、
かなり無理をしていた可能性があります。
だから、ふきのこでは
事業所内の見え方だけで一日を評価しません。
4. 支援の見直しポイントが消えやすいからです
「落ち着いていました」で終わると、
何が支えになったのか、
どこに少し無理があったのか、
どの条件がよかったのかが残りません。
すると、次もまた
「今日はたまたまよかった」
で終わりやすくなります。
でも実際には、
- 人が少なかった
- 活動の順番が分かりやすかった
- 先に身体を動かしていた
- 声かけが少なくて済んだ
- 終わりが見えやすかった
など、
支えになった条件があったかもしれません。
ふきのこでは、
落ち着いていた日ほど、
何がその子を保っていたのかを見ます。
児童発達支援・放課後等デイサービスでは、この言葉が使われやすいです
児童発達支援や放課後等デイサービスでは、
日々の振り返りや連絡帳で、
どうしても短くまとめる必要があります。
そのため、
「落ち着いていました」は非常に使いやすい表現です。
でも、
重度の子や強度行動障害のある子が多い場面では、
この一言では足りないことが多い。
なぜなら、
見た目の落ち着きと、
内側の安心がズレやすいからです。
だから、ふきのこでは、
穏やかに見えた日ほど、
その質を見ようとします。
支援全体の土台になる考え方は、
こちらの記事でも詳しく整理しています。
強度行動障害の支援方法|爆発前・爆発中・回復期の具体対応と判断設計
ふきのこでは、「穏やかだったこと」より「安心できていたか」を重く見ます
ふきのこが本当に知りたいのは、
静かだったかどうかではありません。
その子が、
- 安心していられたのか
- 無理をしていなかったか
- 反応を止めすぎていなかったか
- その場を自分なりに通れていたのか
- 終わった後まで含めて保てていたのか
です。
つまり、
ふきのこにとって「落ち着いていました」は結果ではなく、
そこに安心があったのかを見直すための入口
です。
ふきのこの支援観では、「落ち着いて見える日」ほど見立てが問われます
ふきのこの支援観シリーズでは、
一見問題がなさそうな日を、そのまま良い日と決めつけないことを大切にしています。
「今日は落ち着いていました」もその一つです。
なぜなら、
大きな崩れがあった日は誰でも何かに気づきますが、
穏やかに見える日の方が、
見立ての差が出やすいからです。
本当に安心していたのか。
少し無理をしていたのか。
どんな支えがハマっていたのか。
そこまで見られるかどうかで、
支援の質はかなり変わります。
支援観シリーズ一覧は、こちらから見られます。
ふきのこの支援観
ふきのこで大切にしていること
ふきのこでは、
「今日は落ち着いていました」という言葉を、
良い一日の要約としてだけは使いません。
そうではなく、
- その落ち着きに無理はなかったか
- 固まりや我慢はなかったか
- 何が支えになっていたか
- 家庭ではどうつながるか
- 次に何を見ていくべきか
を見ます。
大切なのは、
静かだったことを評価することではなく、
その子が本当に安心して過ごせていたかを丁寧に見ること
です。
ふきのこの支援や事業所の概要については、
こちらをご覧ください。
ふきのこについて
まとめ
ふきのこが「今日は落ち着いていました」をそのまま良い報告にしないのは、
落ち着いて見えることと、
本当に安心して過ごせていたことは同じではないからです。
大切なのは、
一言で丸めることではなく、
その落ち着きの中に無理がなかったか、何が支えになっていたかまで含めて見ること
です。
その視点があると、
報告も支援も、
ただ穏やかだったことを伝えるだけでなく、
その子に合う支えを少しずつ見つけていくものへ変わっていきます。
強度行動障害の支援方法を体系的にまとめています

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