
▶ 強度行動障害の支援方法
その行動、読み違えていませんか?|わざとやっているように見えて、実は止まれなくなっている子
子どもの支援をしていると、
明らかにやってはいけないことを、
分かっていそうなのに繰り返す子がいます。
たとえば、
- 注意された直後にまた同じことをする
- 止められているのに笑いながら続ける
- 周囲が困ると分かっていそうなのにやめない
- 「やめて」と言われるほど強くなる
- 危ないと伝えてもその手が止まらない
こうした姿を見ると、
大人はつい
「わざとやっている」
「反応を楽しんでいる」
「分かっていて試している」
と受け取りやすくなります。
もちろん、
相手の反応を見ている場面はあります。
まったく周囲を見ていないわけではないこともあります。
ですが、ふきのこでは、わざとやっているように見える子を、そのまま“止める気がない子”とは見ません。
なぜなら、
子どもによっては、
それをやりたいというより、
もう止まれない状態
に入っていることがあるからです。
つまり、
「分かっていてやっている」のではなく、
興奮、反応の連鎖、感覚の上がり、注意の集中、切り替え困難によって、
自分でブレーキをかけられなくなっている
ことがあります。
だから、この見え方もかなり読み違えやすい。
そして読み違えるほど、
支援は理解より制止に寄り、
その子はさらに止まりにくくなります。
「分かっているのにやる」は、本当に“選んでいる”とは限りません
大人は、
一度説明したこと、
一度止めたこと、
前にも注意したことをまた繰り返されると、
どうしても
「分かっているはず」
と思います。
実際、
言葉の意味は分かっているかもしれません。
場の空気も感じているかもしれません。
自分が注目されていることにも気づいているかもしれません。
でも、
分かっていることと、その場で止まれることは別
です。
そこを一緒にしてしまうと、
その子が今どんな状態に入っているのかが見えなくなります。
本当に見たいのは、
悪いことを理解しているかどうかだけではありません。
その時その子に、
- 止まる余裕があるのか
- 切り替える力が残っているのか
- 刺激が上がりすぎていないか
- 周囲の反応がさらに燃料になっていないか
です。
ふきのこが見ているのは「わざとかどうか」ではなく「どこで止まれなくなったか」です
ふきのこでは、
子どもが同じことを繰り返した時、
すぐに
「わざとだ」
とは決めません。
それよりも、
- その前にテンションが上がっていなかったか
- 注意されたことでさらに反応が強くなっていないか
- 周囲の反応が刺激になっていないか
- もう切り替えられる余裕が残っていないのではないか
- その行動自体に感覚的な引っ張られがないか
を見ます。
つまり、
「悪意があるか」ではなく、
どの段階で自力停止が難しくなったのか
を見ます。
ここが見えると、
支援は説得や叱責ではなく、
上がりを下げる方向へ変わっていきます。
なぜ子どもは「わざとやっているように見える」のか
1. 注意されるほど刺激が増えて、さらに止まりにくくなるからです
子どもの中には、
注意されたこと自体で、
さらに上がってしまう子がいます。
「やめて」
「だめ」
「危ない」
という言葉が入るたびに、
内容より刺激として強く受け取ってしまうことがあります。
すると、
止めるための声かけが、
逆にその行動を続ける燃料になることがあります。
2. 一度始まると、行動の連鎖が切れにくいからです
ある行動に入ると、
そこから次へ次へとつながってしまい、
自分で止めどころを作れない子がいます。
物を触る。
投げる。
また触る。
また反応を見る。
また繰り返す。
この時、
本人の中では「続けよう」と考えているというより、
もう流れが切れなくなっている
ことがあります。
3. 感覚的な引っ張られが強いからです
叩いた音、
落ちる感じ、
散らばる様子、
相手の大きな反応。
こうしたものが強い刺激になる子では、
行動の意味より感覚の方に引っ張られることがあります。
大人から見るとわざとに見えても、
本人は
「やってはいけないこと」
より
「今入ってきている刺激」
に強く引かれているのかもしれません。
4. その場から抜ける方法が分からないからです
しんどい、
上がっている、
でも自分から離れることも、
助けを求めることもできない。
そういう時に、
同じ行動を繰り返す形でしか出せない子がいます。
この場合、
問題は“わざと”ではなく、
その状態から抜ける手段の乏しさ
かもしれません。
なぜ「わざとやっている」と読むと危ないのか
1. 止まれない状態を、性格の問題にしやすいからです
「わざと」
と読むと、
その子の今の状態より、
態度や性格の問題として受け止めやすくなります。
すると、
支援は
「分からせる」
「言い聞かせる」
方向へ寄ります。
でも本当に必要なのが、
上がりを下げることや環境を切ることなら、
その関わりはずれます。
2. 声かけや制止が、さらに悪化要因になりやすいからです
わざとだと思うと、
大人はつい強く止めたくなります。
でも、
本人がもう止まりにくい状態に入っている時は、
その強い関わりがさらに刺激になります。
すると、
行動は止まるどころか、
かえって強くなることがあります。
3. チームで「困った子」扱いされやすくなるからです
「分かっていてやる」
という見立てになると、
支援者間でも
「反応を見てやっている」
「試している」
と共有されやすくなります。
そうなると、
その子の状態理解より、
どう抑えるか、
どう通すかの話になりやすいです。
これでは支援は深まりません。
4. 保護者も責めやすくなるからです
事業所側が
「わざとやっていますね」
のように受け取ると、
保護者も
「家での関わりが悪いのか」
「なめられているのか」
と自分を責めやすくなります。
でも実際には、
家庭の問題ではなく、
その子の止まりにくさや上がりやすさが関係しているかもしれません。
児童発達支援・放課後等デイサービスでは、この読み違いがかなり起きやすいです
児童発達支援や放課後等デイサービスでは、
集団の安全や流れを守る必要があります。
そのため、
同じ行動を繰り返されると、
どうしても
「わざと」
「反応を見ている」
と受け取りやすくなります。
これは現場として自然です。
でも、その前に
「この子は今、もう止まりにくい状態に入っていないか」
を見ることが必要な子がいます。
ふきのこでは、
そこを飛ばさないようにしています。
支援全体の土台になる考え方は、
こちらの記事でも詳しく整理しています。
強度行動障害の支援方法|爆発前・爆発中・回復期の具体対応と判断設計
ふきのこでは、「やめさせる」より「止まれる状態に戻す」ことを先にします
ふきのこが大切にしているのは、
行動をその場でねじ伏せて止めることではありません。
それよりも、
- 刺激を減らせないか
- 反応を大きく返しすぎていないか
- 一度場を切った方がよいか
- 身体ごと落ち着ける方向へ戻せないか
- 次に止まりにくくなる前兆を拾えないか
を見ます。
つまり、
「やめさせる」より、
止まれる状態に戻す
ことを先にします。
この順番が逆になると、
支援はその子の止まりにくさをさらに強めやすくなります。
ふきのこの支援観では、「わざと」に見えるものほど丁寧に読みます
このシリーズでは、
表面に見えている行動と、
実際に内側で起きていることがズレる場面を扱っています。
「わざとやっているように見える」も、その代表の一つです。
分かっていてやっている、
反応を楽しんでいる、
困らせようとしている。
こうした読み方は、
時に子どもの止まりにくさや限界の近さを見えなくします。
だから、ふきのこでは
繰り返しが強い時ほど、
本当に起きているのが悪意なのか、
興奮なのか、
止まれなさなのかを見ます。
支援観シリーズ一覧は、こちらから見られます。
ふきのこの支援観
ふきのこで大切にしていること
ふきのこでは、
わざとやっているように見える子を、
そのまま止める気のない子とは見ません。
そうではなく、
- どこで止まりにくくなったのか
- 何がその行動を強めているのか
- 周囲の反応が刺激になっていないか
- どうすれば一度流れを切れるか
- 次に前兆をどう拾うか
を見ます。
大切なのは、
悪意を決めつけることではなく、
その子がなぜ今止まれなくなっているのかを読み違えないこと
です。
ふきのこの支援や事業所の概要については、
こちらをご覧ください。
ふきのこについて
まとめ
わざとやっているように見えて、実は止まれなくなっている子がいます。
同じことを繰り返すこと、
注意されても止まらないことは、
必ずしも悪意やわがままを意味しません。
大切なのは、
「わざとだ」と早く決めることではなく、
その子がどこで止まりにくくなり、何がその流れを強めているのかを丁寧に見ること
です。
その視点があると、
支援はただ抑えるものではなく、
その子が再び止まれる位置まで戻れるように整えるものへ変わっていきます。
強度行動障害の支援方法を体系的にまとめています

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