ふきのこが「頑張れている日」ほど反動を気にする理由

autism
具体的な支援の組み立て方や現場での対応手順については、以下の専門ページで詳しく解説しています。
強度行動障害の支援方法

ふきのこが「頑張れている日」ほど反動を気にする理由

子どもの支援では、
「今日は頑張れていました」
「最後まで参加できました」
「いつもよりしっかり動けていました」
といった場面は、
どうしても前向きに受け止められやすいです。

それ自体は間違いではありません。
頑張れたこと、
通せたこと、
その子なりに力を使えたことを見るのは大切です。

ですが、ふきのこでは、頑張れている日ほど、その後の反動をかなり気にします。

なぜなら、
子どもによっては、
その場で頑張れていること自体が、
すでに大きな負荷の上に成り立っていることがあるからです。

特に、
重度の子、
強度行動障害のある子、
発語で細かく自分の状態を伝えにくい子では、
「頑張れた」ことがそのまま
「安心して過ごせた」
を意味するとは限りません。

むしろ、
外では頑張れてしまう。
でも、その分だけ、
帰宅後や翌日に大きく崩れる。
そうした子は少なくありません。

だから、ふきのこでは
「今日は頑張れていた」
を良い結果として受け止めながらも、
その頑張りに無理がなかったか
を必ず見直します。

頑張れていることと、楽に過ごせていることは同じではありません

ここはかなり大事です。

大人はつい、
頑張れている姿を見ると安心します。

たとえば、

  • 活動に最後まで参加した
  • 集団の中で座っていられた
  • 嫌がりながらも切り替えられた
  • 支援者の声かけで動けた
  • いつもより崩れずに通せた

こうしたことがあると、
「今日はよかった」
「少し成長した」
「このやり方でよかった」
と思いやすくなります。

でも実際には、
その頑張りが

  • ぎりぎりの我慢
  • 反応を止めて通しただけ
  • 周囲に合わせて無理をした状態
  • 見られていることで固まっていた状態
  • 崩れないように全力で抑えていた状態

であることがあります。

つまり、
「頑張れていた」は事実でも、
それがその子にとって良い一日だったかどうかは、
別で見なければならないのです。

ふきのこが見ているのは「頑張れたか」より「どう頑張っていたか」です

ふきのこでは、
子どもが頑張れていた日に、
結果だけで評価を終えません。

それよりも、

  • 表情はやわらかかったか
  • 視線は自然だったか
  • 途中で固まっていなかったか
  • 急に静かになっていなかったか
  • 逆に不自然にふざけていなかったか
  • 終わったあとに疲れが強く出ていなかったか
  • 帰宅後に反動が出ていないか

を見ます。

つまり、
「頑張れていた」という結果ではなく、
その頑張り方の質
を見ます。

同じ参加でも、
安心して入れていた子と、
ぎりぎりで通していた子では、
次の支援はまったく変わるからです。

なぜ「頑張れている日」ほど反動を気にするのか

1. その場で出せなかったしんどさが、後から出ることがあるからです

子どもの中には、
その場では何とか保てる子がいます。

でも、保てたからといって、
しんどさがなかったわけではありません。

むしろ、
出せなかった分だけ、
家で、夕方に、寝る前に、翌日に、
一気に反動が出ることがあります。

たとえば、

  • 帰宅後に荒れる
  • きょうだいに強く当たる
  • 食事で止まる
  • 入浴や就寝前に崩れる
  • 翌日朝から強く不安定になる

こうしたことがあるなら、
その日の「頑張り」は、
支援としては慎重に見直す必要があります。

2. 頑張れたことが、無理を見えにくくするからです

頑張れている日は、
大人も前向きに受け取りやすいです。

だからこそ、

  • ちょっと表情が固かったこと
  • 視線が止まり気味だったこと
  • 声かけに過敏だったこと
  • 終盤で余裕が落ちていたこと

といった小さなサインを、
「でも頑張れていたから」で流しやすくなります。

つまり、成功に見える日ほど、
無理のサインが隠れやすいのです。

3. 支援者側が「この形で押せる」と誤読しやすいからです

今日は通った。
今日は参加できた。
今日は崩れなかった。

そうなると支援者は、
「このやり方でいける」
と思いやすくなります。

でも、もしそれが
ぎりぎりで成り立っていたなら、
次も同じ負荷をかけることで、
もっと大きな反動が出ることがあります。

だから、ふきのこでは
「通った」という事実だけで支援を強めません。

むしろ、
通った日の方が慎重に見ます。

4. 保護者との認識がずれやすいからです

事業所では
「今日は頑張れていました」
と見えても、
家では
「帰ってきてからずっと大変でした」
ということがあります。

このズレを放置すると、
保護者は
「外で頑張れたと言われるけれど、家では全然違う」
という孤立感を持ちやすくなります。

ふきのこでは、
このズレをかなり大事にします。

なぜなら、
そこにその子の無理の出方が隠れていることが多いからです。

児童発達支援・放課後等デイサービスでは、「頑張れている日」は評価されやすいです

児童発達支援や放課後等デイサービスでは、
どうしても
見えやすい成果が評価されやすくなります。

たとえば、

  • 活動に参加した
  • 離席が少なかった
  • トラブルがなかった
  • 最後まで通せた

これらは、確かに大切な事実です。

でも、ふきのこでは
そこで安心しすぎないことを意識しています。

なぜなら、
見た目の参加や落ち着きは、
その子の内側の負荷とは一致しないことがあるからです。

特に、
外では頑張れてしまう子、
見られていると止まる子、
集団では反応を抑える子では、
「できている日」ほど慎重に見る必要があります。

支援全体の土台になる考え方は、
こちらの記事でも詳しく整理しています。
強度行動障害の支援方法|爆発前・爆発中・回復期の具体対応と判断設計

ふきのこでは、反動も含めて一日の支援として見ます

ふきのこでは、
その場での様子だけで一日を評価しません。

頑張れていた日の評価は、
その場での見え方と、
その後の反動の両方を見て考えます。

つまり、

  • 事業所でどうだったか
  • 帰宅後どうだったか
  • 家庭で何が起きたか
  • 翌日に響いていないか

まで含めて、
初めて
「その支援はその子に合っていたのか」
を見ます。

その日に通ったこと自体は大切です。
でも、
その代償が大きいなら、
支援は見直す必要があります。

ふきのこの支援観では、「頑張り」を成果だけで終わらせません

ふきのこの支援観シリーズでは、
一見よく見える場面を、
そのまま成功として固定しないことを大切にしています。

「頑張れている日」もその一つです。

頑張れたことを喜びながらも、
その頑張りに無理はなかったか、
その後に反動は出ていないか、
次も同じ形でよいのかを見直す。

その視点があると、
支援は「今日は通った」で終わらず、
その子に合う強さや量を探るものになります。

支援観シリーズ一覧は、こちらから見られます。
ふきのこの支援観

ふきのこで大切にしていること

ふきのこでは、
子どもが頑張れている日を、
良い結果としてだけは見ません。

そうではなく、

  • どんな状態で頑張っていたのか
  • その頑張りに無理はなかったか
  • 終わった後に疲れや反動は出ていないか
  • 家庭ではどうつながっているか
  • 次も同じ形でよいのか

を見ます。

大切なのは、
頑張れたことを評価するだけではなく、
その頑張りがその子にとって適切な負荷の中で起きていたか
を見極めることです。

ふきのこの支援や事業所の概要については、
こちらをご覧ください。
ふきのこについて

まとめ

ふきのこが「頑張れている日」ほど反動を気にするのは、
その場で頑張れていることが、
必ずしも安心して過ごせていることを意味しないからです。

大切なのは、
「今日はできた」で終わるのではなく、
その頑張りに無理がなかったか、その後どうつながったかまで含めて見ること
です。

その視点があると、
支援は結果を押し出すものではなく、
その子が無理なく保てる形を少しずつ探していくものへ変わっていきます。

       強度行動障害の支援方法を体系的にまとめています

       ▶ 強度行動障害の支援方法【構造・前兆・実践まで解説】        

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